第五話「はじめてのカードローンは妹の職場で」

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第五話「はじめてのカードローンは妹の職場で」

 曇り空の中、陽は既に高く昇って、カードローン会社の職員たちは仕事をしていた。24になるメロスの妹も、きょうは窓口に座っていた。妹はよろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。  「なんでも無い。」メロスは無理に笑おうと努めた。「金を借りに来た。借りたらまたすぐ戻らねばならぬ。100万ほど借りたい。」  妹は頬をあからめた。実の兄が借金をしにやってきたのだ、自分が働く職場に、その羞恥はいかばかりだっただろう。今度は声も出なかった。 「本人確認書類も持って来た。さあ、これから行って職員たちに知らせて来い。カードローン、即日発行希望だと。」  メロスは、また、よろよろと歩き出し、待合の椅子に座ると、呼吸もせぬくらい深い眠りに落ちたが、しばらくして妹に起こされた。  どうやら審査があるため、当日発行は難しいらしい。メロスは、待つことは出来ぬ、どうか今日……いや、今すぐに発行してくれ給え、と更に押してたのんだ。カードローン会社の職員たる妹も頑強であった。なかなか承諾してくれない。あろうことか両親に頼み込んで借りた方がいいとまで言う。一時間ほど議論を続けて、やっと、どうにか妹をなだめすかして、説き伏せた。 「待って! お兄ちゃん、事情を説明して! 何これ、何のお金!?」  借金の総量は年収の三分の一までという基本原則、総量規制の対象外となる借り換えローンを選択した兄を見て、不安にならぬ妹などいない。既にメロスは法が定める限界を超えているのだ。  暗雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。職員たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引き立て、狭い職場の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、職務を全うしていた。  100万円もの金を手にしたメロスは、このままどこかへ逃げたい。この金で生涯暮らしていきたいと願ったが、この金は、自分の借金で、自分の自由になるものでは無い。ままならぬ事である。そもそも100万円では生涯暮らすことなど出来うるはずもなかった。  メロスはわが身に鞭打ち、ついに出発を決意したが、これから成すべきことを考えると面倒になり、出発を先延ばしにしたくなった。日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。いわゆる現実逃避である。 「妹よ。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。」  だから、おまえも亭主には……と続けるメロスを遮って、妹は不愉快そうに言った。 「お兄ちゃんは嘘をつかないけど、肝心なことを何も話してくれない。格好良いと思っているのかもしれないけれど、普通にクズだ。」  メロスはやれやれといった風に肩を竦めると、金を抱いたまま眠りにつこうとした。精一杯の虚勢である。本当は泣きながら妹に詫びたかったが、そのためには真実を話さねばならぬ。いつか知られることとはいえ、今はまだ黙っておきたかった。 「お兄ちゃん、死んだりしないでね?」  ぽつりと溢れた妹の言葉が、どんな罵声より胸に響いた。メロスは既に遺書を書いている、心を見透かされたような気がしてならない。そういえば、あの遺書はどこへ行ったろう。旭西金融の応接室に、置いてきてしまったかもしれない。誰かが読んで大事になっていないといいが。  借金で頭がいっぱいになっているメロスには土台無理だったろうが、この時点でメロスは列車で見た電子公告を思い出すべきだった。台風が接近していると気づけば悠長に昼寝などしてはいられなかっただろう。  外の風雨は次第に激しくなり、すぐに嵐がやってきた。 次回「台風到来。鉄道、運休のお知らせ」みんな、読んでくれよな!
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