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プロローグ
白い空に、白い光がきらきらと揺れた。
ゆるい傾斜、それを超える少し手前に立って、超えた向こうに植わった木々の先が、白く色づいているのが見えた。桜のように、花びらを散らして目を奪うことはないが、淑やかに色づいて春を知らせる梅の木だ。けれど、花が散っているのではない。
白く光るのは、空から贈られた六花の花弁。
白い空を一層白く。こげ茶の幹をしならせて白の花が積もる。
何もかもが眩しくて、瞬きをする間に、影は一層、薄くなった気がした。
見つめていたいのは、遠ざかるように見えなくなっていく人影だ。
手も足も、のどの奥さえ凍り付いたように動かない。だが、瞬きだけは別で……自分の体が恨めしかった。
行かないで、と叫べばよかっただろうか。
それがどんなに残酷な叫びだと知っていても。
「――」
かたり、と硬質な音がしてはっとした。目の前には、木目のテーブルと、白いコーヒーカップ、中には湯気の立つキャラメル色の液体――注文はしていないが、カフェオレだ。ソーサーに添えた指を追った先に、柔らかく微笑む女性がいた。微笑が、言葉を飲み込んで揺らぐ。
「あの……ごめんなさい。大丈夫です」
返事は軽く指先が目元に触れて、涙の名残を拭ったことだった。泣いていたと気づかされて、慌てて反対の目をこする。大丈夫です、と繰り返して、友花は笑った。
笑えたことに、少しほっとしながら、カフェオレに口を付けた。息が漏れる。
「大丈夫です」
「そう?」
頷けば、聞き返されなかった。女性――友花の年上の従姉妹、頼子は、彼女のなりの距離感で友花に接してくれている。踏み込まずに寄り添う、気づかいにあふれた関係が、今はとてもありがたかった。
いつの間にか、センター試験の問題集も教科書も、テーブルの隅に重ねてあった。うたたねの合間に、記憶と幻の合間の夢を見た。失って、胸の痛みに泣いた日々。
重ねた冊子の一番上には、深緑色の革を丸めたペンケースが乗っている。カラフルなペンも、可愛い消しゴムも入らない、シンプルなつくりは、友花の趣味から外れている。
二人掛けの向かいは、空席だ。誰にも邪魔されない、静かな勉強時間。けれど、幻に浮かされていては意味がない。
周囲の音が戻ってきた。音楽の代わりにほぼ毎日聞いている。抑えた話し声、誰かが本のページをめくる音、ペンの擦れる音。合間に、注文の品を運ぶ頼子の足音がする。
窓の外は無音だった。今日は曇天、予報では、夕方から雪。
同じ席に座って、時が過ぎるのを数えていた。葉が色づいて、散って、裸になって、雪が降るのを待っていた。
それが、クリスマスなら――もしかしたら、と。
ゆーか、と過去に聞いた声を思い出す。りゅう兄、と答えた自分の声も一緒によみがえった。
――ゆうかちゃん、と呼ばれた気がして振り返った先は、変わらない空席だった。
「……」
これでいいんだ、と小さく呟いた。
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