潮 壱

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 部活帰り、電車を降りて家まで歩いていると、公園の方からごんっという奇怪な音がした。見ると、バスケットゴール下に人影がある。あれは――  辺りは暗くなっていて、はっきりと姿を確認することはできない。でも、あの小さな背中を俺が見間違えるはずはないと思った。近づいてみると、案の定なぎさだった。なにしてんだ。って、一目瞭然だな。こんなところでこんな時間にシュート練習かよ、ってか家、近いんだな。   「なにしてんだよ」 「どうしたの? こんなことろで」  なぎさは驚いたような表情で俺を見る、それからにへらと笑った。真剣な表情をしてゴールリングを睨んでいたかと思ったらこれだ。コロコロと変わる表情がついつい気になる。 「俺は部活終わって今帰り、バスケの練習してるやつがいるなと思ってきてみたらなぎさだった」 「あはは……クラスマッチの練習してたの。私、運動音痴だから、少しでもお荷物にならないように……と思いまして……」  なんで敬語なんだよって思わずツッコミたくなる。たぶん、内緒で練習していたのに俺に見つかって困惑してるんだろうな……ちょっと、悪いことしたな。 「それで練習になんのかよ」  俺はなぎさが手に持っているバレーボールを見て思わず呆れる。おいおい、そんなんじゃせっかくの練習が全然役に立たないんじゃないか? 「お兄ちゃんから借りてきたの。お兄ちゃんバレー部だからバスケットボールは持ってなくて……」 「へぇ、ちょっと貸して」  そっか、兄貴がいるのか。バレーボールやってんだな。俺は頭の中になぎさの情報を書き込んだ。  軽くて小せぇバレーボールを掴むと、ゴールリングに向かってシュートを打つ。パシュっと小気味よい音がしてボールはリングを通ったけど、こりゃ駄目だな。感覚が全然違う。   横からパチパチパチって音がした。見るとなぎさが目をキラキラと輝かせて手を叩いている。こんなことくらいで感動すんなよ。 「これ、小さいうえに軽すぎだ。これで練習してても、本物のバスケのボールと感覚が違うから役に立たないぞ」 「え……」  バスケットボールなんかろくに触ったことがないのかもしれない。女子は授業でやんないんだっけ? いや、やってたとしても鈍くさいなぎさのことだからボールに触れないで授業が終わってたのかもな。 「そっかぁ……」  みんなに迷惑かけないように練習しようとしたんだろうな――そう思うと、俺も何かしてやりたくなる。頑張ってるやつを応援したくなるのは普通のことだろ?  ここは、俺が一肌脱いでやっても悪くないはずだ。 「平日は部活があるから無理だけど、土日だけなら教えてやる。クラスマッチ まで土日合わせて計四日あるだろ? その四日分で猛特訓してやるから」  ちゃんとしたバスケットボールを使って俺が練習を見てやったら、多少は動けるようになるだろう──そう思って自主練の提案をすると、なぎさはものすごい勢いで首を横に振った。おいウサギ、小動物かよ。あ、ウサギって小動物か? 「いやいや、悪いよ! 貴重な土日を……」 「そのボールじゃ練習になんないだろ? バスケットボール持ってきてやるから」
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