凪 壱

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 窓の外でひらひらと花びらが舞う春。おまえの小さな背中に恋をしたのは、桜も終わりのこの季節――  大学を卒業後、希望通り出版社に就職した俺は、去年の春から新しく立ち上げられた小説投稿サイトの運営に携わることになった。  はじめは乗り気ではなかった。俺のやりたい仕事とは乖離しているような気がしたから。だが、そんな感覚も毎日携わっていくうちに変化するようになった。  日々投稿、更新される小説に目を通し、きらりと光を放つものを見つけていく――  それは、あの日の感覚に似ていた。  溢れかえる人の中で、あいつを見つけたときのような──  そんな作業の最中で、俺は気になる小説を見つけた。新規ユーザーの日記のような文章。普段ならさっと読み飛ばしてしまう作品だが、この作品はそうはいかなかった。  休日に入った俺は急いでサイトのユーザー登録をして、作品にコメントを書き込む。  作者が誰であるのか確証もないのに、どうしたって頭に浮かぶ顔がある。あの、今にも泣きだしそうな笑顔――  なぁ今、どこで何をしているんだ? 俺は元気だよ。今でも引きずってるんだ、おまえのこと――  高校生のとき、様々な感情に飲まれて手を離してしまったことを、俺は今でも後悔している。 
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