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登校の翌日から、俺の机にはクラスの女子だけじゃなくて、他のクラスだという女子まで集まってきていた。帰国子女、そんなに珍しいかよ――
「オーストラリアってめちゃ暑そう。やっぱり十二月に夏が来るの? カンガルーとか道端にいるんだっけ? なんかウケるねー」
「えーひつじでしょ?」
「海とか綺麗そう、沖縄とどっちが綺麗かなぁ」
「そんなんオーストラリアの方が綺麗に決まってるじゃん。南の海だよー」
「沖縄だって南の海でしょー」
「言葉は英語? いいなぁ英語の授業とかめっちゃ楽できるじゃん」
俺に対して色々と質問してるのか、互いに話しているのかよくわからない。勝手に話が進んでいくから、俺はなんと言ったらいいか困ってしまった。
そもそもおまえらオーストラリアにそんな興味ないだろ――こういう一方的な会話、苦手なんだけどな――
助けを求めて健太郎の席を見ると、健太郎はなぎさと楽しそうに話していた。おいなぎさ、おまえの席は俺の前だろうが。そんなとこで話してないではやく来いよ――楽しそうに何話してんだよ。
なぎさが健太郎と楽しそうに話しているのがなぜか気に入らなくて、思わず心のなかで悪態をついてしまう。
「ホームルーム始めるぞー、他のクラスのやつらも早く教室戻れ―」
「はーい、じゃぁね、平川君。またねー」
担任の山本が来て、机を取り囲んでいたやつらがやっといなくなる。他のやつらがいなくなると、なぎさがやっと戻って来た。おせーよ。
「なぎさ、早く来いよ」
思わず不機嫌な声を出すと、なぎさは困ったような顔で笑う。あれだけ人が群がってたら席に着きたくても座れないよな――おまえ、遠慮しそうなタイプだもんな。
「平川君、大人気だねぇ」
「帰国子女、珍しいだろ」
勝手に会話が進んでいくし、あつら俺のことパンダだとでも思ってんだろ。珍しいだけだ。俺自身にも、オーストラリアにも興味があるわけじゃない。
なんだか朝だけで疲れたな――小さくため息を吐くと、なぎさが楽しそうな声で話し始めた。
「私、海外どころか県外にも出たことないから、オーストラリアとかうらやましいなぁ。グレートバリアリーフのサンゴ礁とか、エアーズロックとか、とにかく自然が綺麗」
「へぇ、オーストラリア、興味ある?」
驚いたな。ちゃんと知ってるのか――
「スキューバしてみたい、コアラ抱っこしてみたい、バオバブの木に抱きついてみたい!」
「あはは、意外、詳しいな」
なぎさが嬉しそうに言うから、俺もオーストラリアの景色を思い出した。海に沈む太陽の色や、生い茂る緑の匂い――
雄大な自然に抱かれたあの国での毎日が蘇ってくる。その景色を、なぎさと一緒に見たいと思った。きっと、こいつは俺が思う以上に目を輝かせるんだろうな――
「なぎさ、県外に出たことないって、それはそれですごいじゃん」
広島の町しか知らないこいつの目に、オーストラリアはどう映るのだろうか。気になるな――
「平川君、馬鹿にしてる?」
「ちょっとな」
頬を膨らませるなぎさ。なんかフグみたいだな。ちいせぇフグ。ちょっと可愛いな。
「いつか連れてってやるよ、オーストラリア」
なぎさと一緒に行ってみたい――会ったばかりなのに、この安心感は何だろうな。なぎさとは、ずっと一緒にいたような、そんな感じがする。こんな風に感じる奴、会ったことないな。
「期待しております」
おい、その顔──冗談だって思ってるだろ? いつか本当に連れて行って驚かせてやりたくなるな。その時、おまえはどんな表情を見せてくれるんだろうな――
笑ったり少し怒ったり、凹んでみたり――短い時間しか話してないけどなぎさは表情が豊かだよな──海みたいにコロコロと表情を変えるなぎさがどんな顔をするのか、気になる。なんか、いろんな顔を見てみたくなる奴だ、変な奴。
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