2 娘のため息

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「今、男子の間でこのカードゲーム流行ってるよね」  由美がそんなことを言い出したときから、香織は内心ヒヤヒヤしていた。由美の言う男子は、世間一般の小学生男子を指しているのではない。涼太くんたちのことを言っているのだ。涼太くんたちはよく休み時間や帰り際にカードゲームの話をしているのだが、聞き耳を立てていないと聞こえる話ではない。 「このカードゲームって、アニメでもやってるやつだよね」  美波は相変わらず呑気だ。  キャラクターが冒険する過程でモンスターをカードに封印したり、モンスターをカードから召喚し合って戦ったりするアニメ。香織はもともとこういうのに興味はなかったが、気になって何度かYouTubeで検索して見たことがある。  人気なアニメだけあって、何十種類ものカードデッキが陳列されている。パッケージにはそれぞれアニメのキャラクターが描かれている。アニメの中で彼らが所有しているカードが、デッキに入っているという意味だろう。 「男子のプレゼント、由美はこの中のどれかにしようかな」 「確かに、流行ってるなら誰がもらっても喜んでくれるね」 「でも、流行ってるんだったら同じもの持ってるんじゃない?」  香織は冷静を装いながらきいた。 「大丈夫。昨日男子が話してるの偶然聞いたから。そしたら、涼太くんが持ってるデッキはこれとこれだけで、今これが欲しいんだって」 「えっ、なんで涼太くん?」 「由美は涼太くんに喜んでもらえればいいの」 「あー、由美、涼太くんのこと好きなんだー!」  目を輝かせる美波と、わざとらしく照れる由美。 「でも、プレゼント交換はランダムなんでしょ。由美のプレゼントが涼太くんに渡るかどうか分かんないじゃん」  わざと水を差すような言い方をしたのだが、由美はまったく気にしていないようだった。  それどころか、驚くことを言いはじめたのだ。 「実は、二人に協力して欲しいことがあるの」 「なになに?」  美波は興味津々である。 「プレゼント交換は、男子と女子で用意したプレゼントに、それぞれ1から3の番号をつけて、番号を書いたくじを引くことになってるでしょ? 思いついちゃったの。特定の人にプレゼントを渡す方法。最初から、プレゼントに番号なんてつけなければいいの。涼太くんが何番のくじを引いたとしても、由美のプレゼントがもともとその番号だったように見せかけて渡しちゃえばいいの」   「すごーい! 由美、天才!」 「そんなにうまく行くかなあ」  うるさい美波の声援を押しのけるように、香織は語頭を強めた。単純に怒りがこみ上げていたからでもある。 「だから二人の協力が必要なの。ね、一生のお願い!」 「もちろん協力するよ! ねー?」  そのときは嫌々だがうなずいてしまった。二人が確固たる断れない空気を作り上げていたからだ。  香織も美波と同じように、適当に別のカードデッキをプレゼントに選んだ。包装してもらう間も帰り道も、香織はずっとモヤモヤしていた。 「ねえ」  帰り道、勇気を振り絞って声を上げた。今朝までの雨で道路が水浸しのままの、淀んだ夕暮れだった。 「やっぱり、良くないと思う。プレゼント交換はランダムだって言ってるのに、実は裏で操作してたなんて」 「バレなかったら大丈夫だって」  由美に肩を叩かれた。それがなんだか気持ち悪くて、反射的に振り払ってしまった。由美も美波も曇った顔になった。 「そういう問題じゃないの! その、なんて言えばいいか、分かんないんだけど」 「香織、由美のこと応援してくれないの?」 「友達なのに……」  由美と美波の低い声に、急に頭の中がパニックになる。なんて言おうとしたんだろう。いや、言うことなんて、最初から決まってなかったんだった。  まごついていると、急に身体が冷たくなった。コートがビチャビチャに濡れている。  トラックが通って、すぐ横の大きな水溜りが跳ねたのだ。 「バチが当たったんじゃない?」  由美が言った。美波も笑っている。  香織は気づいたら、二人を置いて走っていた。涙がこみ上げてきて、人のいない小さな公園で思いっきり泣いた。  涙を流し切ったころ、由美から電話があった。あれから美波と一緒に、香織のことを探してくれていたらしい。  二人とも、さっきはごめんねと謝ってくれた。良かった。友達じゃなくなるかもしれない不安は解消された。  二人は会いたいと言ってくれたが、泣いた直後だったから、もう家に着いてると嘘をついた。明日のクリスマスパーティー楽しもうねと言ってくれて、通話を終えた。  でも、明日のプレゼント交換のことは解決しないままだし、なにより、明日も着て行きたかった白いコートが薄黒く汚れてしまった。かなりの広範囲だ。真っ黒な泥も点々とついている。最近買ってもらった、モコモコの可愛いお気に入りのダッフルコートだったのに。  白は汚れやすいから別の色にしたら?というお母さんの意見を押し切ってこれにした。このコートを見つけた瞬間に欲しいって思えたし、由美と美波と一緒にいても、自分が一番可愛く見える自信があったからだ。  涼太くんの目も引けると思ったのに。  コートを洗ってもらうにも、汚したことをまず怒られるだろうし、買ってもらってすぐだったから、お母さんも悲しむだろう。だから明日、このコートは着て行けない。でも、なんとか涼太くんの目を引きたい。  だから、来月美波の家族とスキーに行くために買ってもらった、あの雪山用の可愛いブーツを履いていこうと思ったのだ。
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