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支度を済ませて、一階に降りた。心の準備が整わないうちに、お母さんがリビングから顔を出した。
「何もたもたしてるの」
白いコートを着ていたのだが、お母さんは何も気にしていないような素振りだった。
「お母さん、これ……」
コートのことを言おうとしたのだが、お母さんは思い出したように慌ててリビングに入っていく。
「いけないいけない、忘れるところだったわ」
戻ってくると、白い箱を持っていた。
「はいこれ、ケーキ。これじゃ文句ないでしょ?」
箱は開いていた。お母さんに差し出されるまま、香織は上から覗き込む。
ハート、ダイヤモンド、スペード、クローバーを基調にした、ピンクやオレンジ、青や紫の色とりどりのケーキ。
「すごっ」
思わず口に出してしまうほどだった。
「ほら、これ持って、早く行きなさい」
「お母さん……」
「なに?」
「……昨日はごめんなさい」
結局、恥ずかしくてお母さんの顔は見れなかった。
「ありがとう」
何を言おうか考えていたはずだったけど、ケーキのこともコートのことも、その一言でまとまってしまった。
ああ、イライラする。素直に気持ちを伝えたくても、それに見合うボキャブラリーをまだ知らない。
「どういたしまして」
お母さんにほっぺを掴まれた。不思議とイライラは収まった。
「パーティー、楽しんでくるのよ。ほら、昨日言われたブーツ、玄関に出してあるから。雪、積もったわね」
香織はブーツを履いて、急いで玄関のドアを開ける。嘘みたい。昨日水浸しで重たい色だったアスファルトや屋根が、真っ白な雪に覆われている。
由美のこともプレゼント交換のことももうどうでも良くなるほど、胸がワクワクに包まれていた。
「いってらっしゃい」
振り返ると、お母さんが優しく微笑んでいた。
魔法使いだ、そう思った。ううん、なにばかなこと考えてるんだろう。
香織はおかしくて笑ってしまった。
「行ってきます」
香織は雪の中へ、足を踏み入れた。
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