3 娘の笑顔

2/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 支度を済ませて、一階に降りた。心の準備が整わないうちに、お母さんがリビングから顔を出した。 「何もたもたしてるの」  白いコートを着ていたのだが、お母さんは何も気にしていないような素振りだった。 「お母さん、これ……」  コートのことを言おうとしたのだが、お母さんは思い出したように慌ててリビングに入っていく。 「いけないいけない、忘れるところだったわ」  戻ってくると、白い箱を持っていた。 「はいこれ、ケーキ。これじゃ文句ないでしょ?」  箱は開いていた。お母さんに差し出されるまま、香織は上から覗き込む。  ハート、ダイヤモンド、スペード、クローバーを基調にした、ピンクやオレンジ、青や紫の色とりどりのケーキ。 「すごっ」  思わず口に出してしまうほどだった。 「ほら、これ持って、早く行きなさい」 「お母さん……」 「なに?」 「……昨日はごめんなさい」  結局、恥ずかしくてお母さんの顔は見れなかった。 「ありがとう」  何を言おうか考えていたはずだったけど、ケーキのこともコートのことも、その一言でまとまってしまった。  ああ、イライラする。素直に気持ちを伝えたくても、それに見合うボキャブラリーをまだ知らない。 「どういたしまして」  お母さんにほっぺを掴まれた。不思議とイライラは収まった。 「パーティー、楽しんでくるのよ。ほら、昨日言われたブーツ、玄関に出してあるから。雪、積もったわね」  香織はブーツを履いて、急いで玄関のドアを開ける。嘘みたい。昨日水浸しで重たい色だったアスファルトや屋根が、真っ白な雪に覆われている。  由美のこともプレゼント交換のことももうどうでも良くなるほど、胸がワクワクに包まれていた。 「いってらっしゃい」  振り返ると、お母さんが優しく微笑んでいた。  魔法使いだ、そう思った。ううん、なにばかなこと考えてるんだろう。  香織はおかしくて笑ってしまった。 「行ってきます」  香織は雪の中へ、足を踏み入れた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!