タヌキの呪い

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「あそこの家の壁から銀色の筒が出ているだろう? 冬になって寒くなるとあそこから熱風が出る時があるんだ。その熱風に当たると赤い目をしたバケモノの呪いのせいで動物に変えられてしまうんだってよ」(あきら)の隣の家に住む2つ年上の良一(りょういち)(ゆび)さしながら(ささや)いた。  良一(りょういち)が示した先には、空調設備のダクトのようなものが突き出ていた。 「そんなの嘘だろ」一緒にいた明と同じ歳の正樹(まさき)は良一の言葉が信じられなくて疑っている様子であった。熱風に当たって人が動物に変わるなんて話聞いた事が無い。そんな危険な物ならば、大人が放置しているわけがない。そう彼が思うのはもっともであった。 「正樹ちゃんが信じられないなら今度、熱風が出てる時に体を当ててみろよ」良一は引っ込みがつかなくなったのか、むきになっていた。 「俺は信じないね。今度熱風が出たら当たってやるよ」正樹は自信満々で胸を張った。 「ぜ、絶対だぞ!」良一は念押しするように言った。  明と正樹は小学4年生。学校が終わった後に、近所の小学生達と遊ぶのが日課であった。  この辺りでは共働きの家も多く、高学年の者が低学年の子供達の面倒を見て遊び、暗くなったら解散するというルールが出来ていた。良一は小学校の最高学年で子供達の云わばガキ大将のような存在なのだが、正樹はそれが気に食わない様子で、なにかと反発する事が多かった。明は、どちらかというと周りに流されやすい性格で、なにも考えず良一達に指図されたらその通り行動するのが常であった。 「おい、明。良君が言ってたことどうだと思う?」正樹は子供達が解散した後、明に(たず)ねてきた。 「そんなの解からないよ・・・・・・・、でも、動物に変えられるのは嫌だな」明は少し声のトーンを下げた。 「そんなのある訳ないだろ」言いながら、正樹は大きな声で馬鹿にするように笑った。  良一が言っていた家は、この辺りでは比較的裕福な家ではあったが、居住している住人が強面で近所との交流を積極的にする人物ではなかった。それゆえ、子供達の間でも怖い人が住む家として敬遠されている場所であった。ただし、明と正樹、そして良一は学校に行くのに絶対に通らなければならない道であった。そして、先ほどのダクトはちょうど彼らの通学路に向かって突き出ており、子供達の腰の高さに排気口が位置する形になっていた。  良一の話を聞いてから近所の子供達はこの道を通る時、ある者はしゃがみながら、ある者は飛び越えながら通過した。ただ、正樹だけは意に解せずのように、悠々とその場所を歩いていた。 「すっげえ、正樹ちゃん!」他愛のない事で子供達は驚愕する。正樹も鼻高々であった。    そんなある冬の日、明と正樹は一緒に学校に通学する。明の前を正樹が颯爽と歩く。そして正樹があのダクトの前に差し掛かった瞬間、突然熱風が噴き出した。 「うわあ!」正樹はいきなり熱い空気を受けて、驚いて転倒してしまった。 「正樹ちゃん!大丈夫!」明は、噴き出した熱風を避けながら、正樹に近寄る。 「だ、大丈夫だ・・・・・・、ほ、ほら、動物になるなんて嘘だろ」正樹は恐る恐る自分の体を確認しながら、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。 「本当だ!よかったね」明は満面の笑みで微笑んだ。  その次の日、正樹は学校を休んだ。  先生の話によると風邪をこじらしてしまい長期化しているそうであった。明たちは心配になって、見舞いに行こうと相談する。 「正樹く~ん」明達数人の子供達は、正樹の家の前で呼びかけをした。誰も返事をする気配がない。 「正樹く~ん」もう一度呼んでみた。やはり返答が無いので、ゆっくりと玄関と扉を開ける く~ん! 獣のような鳴き声と共に、動物が飛び出してくる。 「タ、タヌキだ!」良一は大きな声で叫ぶ。 「そ、そんな、正樹君、タヌキになっちゃったの!」明は悲壮な顔をして声を上げた。 「正樹君が、正樹君が・・・・・・・!」子供達は、タヌキになった正樹を囲んでワンワン泣いた。 「お前ら・・・・・・、何やってるの?」家の奥から、頭に冷却シートを貼り厚着をした正樹が赤い顔をして立っている。 「正樹君がタヌキに・・・・・・・、あれ正樹君?」明達は目を真っ赤にして正樹の姿を確認した。 「それタヌキじゃなくて犬・・・・・・・、うちのベス・・・・・・・・」軽く咳をしながら正樹はあきれ顔でその名を告げた。 「な、なあんだ!」子供達は声を高らかに笑いあった。  それから数年の月日が経って・・・・・・・。  街の(いた)る所が野生の動物達に埋め尽くされている。そこに、一台の車が走ってくる。 「人類野生化計画の進み具合はどうだ?」サングラスをかけた髪の長い女が軍服を着て聞いている。 「はい、順調に進んでおります。一部、情報をリークした者がいましたので処分しました」女よりも年配と思われる中年の男が直立不動の状態で報告する。「増えすぎた人類と、絶滅していく動物達のバランスを正常に戻す今回の計画。各都市に設置したガスの排気口を誤魔化すのに苦労しましたが、ほぼ当初の目的は達成しました」 「戦争が無くなり平和になったのはいいが、人類の数は減ることなく、この星の許容範囲を著しく超えてしまった。人間達が生態系のバランスを崩してしまったのだ」女はサングラスを外した。その目は真っ赤に染まっており明らかに、人間の瞳では無かった。 「この星には、もう一度初めからやり直してもらいましょう」そういうと、車は空に舞っていった。                           〈おしまい〉
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