鬼の花嫁に祝福を

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 緊張した面持ちでドアを見つめた時、ちょうど中からピアノの前奏が聴こえてきた。“You Raise Me Up”の神秘的なメロディーがドアの隙間から漏れてくる。 前奏が終わる時、アテンダーの「開きます」という言葉とともに目の前のドアが大きく開かれた。  夜空の月と星をバックに、真っ白な空間をまっすぐ伸びる赤い絨毯。 ガラス張りの頭上には光り輝くタワーのイルミネーション。 両側からこちらを見て拍手をしながら微笑む大切な人達と、赤い道の先でこちらを見て泣きそうに微笑んでいる愛しい人...。 ーーー涙が溢れる。 神聖な白い世界は、今まで見たどの景色より美しいものでいっぱいだった。  ドアを入ったところで母にベールダウンをしてもらう。「綺麗だよ」と言った母の瞳に涙が溢れていることに気が付いた瞬間、静香も抑えることができなかった。 父の腕に手を置きバージンロードをゆっくりと歩いていく。みんなからの「おめでとう」という言葉が胸に染み渡る。 ピアノの伴奏に合わせ歌う空気のような女性歌手の澄んだ声が、サビに差しかかり更に胸の高揚を高めていった。 (それにしても綺麗な声...。) ふと聖歌隊の方へと目を向ける。だが静香はそのまま口を開けて固まったーー。 (なっ、な、な、な、なんで?!!) 天使のように伸びる歌声を披露しているのは百合。 そして鍵盤に指をしなやかに滑らせているのは(れん)だった。 (えぇ?!!百合さんもすごいけど蓮くんがピアノでこんな繊細な音を出せるなんて...!荒くれ者の普段とのギャップが......)  なんとか気を取り直した静香は、マスターの前で足を止め父の腕から手を離して真っ直ぐに足を出す。 マスターの隣に立った時、マスターは少しかがんで顔を近づけた。 「こんな美しい人を見たことがありません。ドアが開いた瞬間女神かと思いました。」 (ちょっ......さすがに言い過ぎ) 案の定耳まで赤くなる。しかし顔にかかったベールのおかげできっと気づかれまいと静香は冷静を保った。  神父様の声がシンとした教会に響き渡ると静香は緊張がマックスになった。 今日来ている人たちは鬼灯家の親しい人たちと由香と綾、そして家族だけだがそれでもやっぱりドキドキが止まらない。 映画の中で何度も聞いたことのあるフレーズに心臓の鼓動が早まる。 「健やかなるときも 病めるときも 喜びのときも 悲しみのときも 富めるときも 貧しいときもこれを愛し 敬い 慰め遣え 共に助け合い その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?」 「はい。誓います。」 マスターの低く心地良い声が優しく耳に響く。 惚れ惚れしてる間も無く次は静香の番になった。 緊張で声の出し方がわからない。変な声を出さないようにグッと手に力を入れる。 「はい。誓います...。」 まずい。語尾のボリュームがだんだんと小さくなってしまった。 マスターが隣でクスリと微笑んだのがわかる。 (これ絶対あとでなんか言われそう。)
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