1953人が本棚に入れています
本棚に追加
マスターを支えながら部屋の中に入り、ベッドまで連れて行った。
「マスター無理しないでください。何か薬とかあれば持ってきますよ?」
「いえ大丈夫です。それより...」
ベッドに腰をかけたマスターが静香の両手を掴み足の間に引き寄せた。向かい合って立つ静香の顔をマスターが上目遣いで見つめる。
(イケメンの上目遣いの破壊力よ。心なしかいつもより目ウルウルしてるし。)
「3日静香さんに連絡していなかっただけなのにとても長く感じました。」
「連絡いただけたらすぐ来たのに...。」
マスターはその言葉に嬉しそうに笑った。しかし眉尾を下げて首を横に振る。
「わかってました。そう言ってくださるだろうって。でもうつすわけにはいかないので。」
「でも...」
「めったに風邪なんて引かないくらい免疫力には自信があったんです。でも武道で鍛えている人たちを次々とダウンさせたウィルス。静香さんに何かあったら大変ですから。」
(マスターの気持ちはわかる。全部私の為だっていうことも......でも。)
「それでも呼んで欲しかったです。」
静香は少し拗ねた顔で視線を逸らした。
(わかってる。こんなのただのわがままだ。)
するとマスターは朗笑して静香を抱き寄せた。
「あぁなんて可愛らしいのでしょう。そんな風に甘えてくださるならたまには風邪もいいものです。」
「え?......甘える?こんなのただのわがままです。すみません。」
俯くとマスターが下から覗き込んできた。見つめてくるその瞳が妖しく輝き惹き込まれる。
「静香さん。貴方の言う“わがまま”は俺にはわがままではありません。むしろご褒美です。だからもっと心の声を聞かせてください。」
(心の中で思っていたこと......?)
「朝、マスターからのメールが楽しみなんです。」
「はい。」
静香が躊躇いながら口を開くとマスターは優しく微笑みながらうなずいた。
「...だから連絡が来なくて心配になりました。」
「はい。」
一旦声に出してしまうと、心の中の抑えていた気持ちが次から次へと溢れてくる。
「...怖いんです。」
「何がですか?」
すると静香の瞳から一粒の涙がつたう。マスターはその瞬間驚いて目を瞠った。
「マスターのことを愛しいと思う度にこれは“私の気持ち”じゃなくて、“過去の記憶”なんじゃないかと怖くなるんです。それに...本当はマスターが私に向ける愛情だって、酒呑童子がそうさせてるだけなんじゃないかって......。」
「?!」
あれから2ヶ月静香はそのことを毎晩考えていた。
きっとマスターの中の鬼がいなければ自分のことなど好きにならない。なるはずがないのだとーー。
最初のコメントを投稿しよう!