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「...なんということをっ。」
マスターは唇を噛み静香を力強く抱きしめた。
「静香さん。確かに初めて貴方の瞳を見た時、鬼の頃の感情が蘇りました。でも鬼のそれと私の想いは全くもって違います。」
「違う...?」
「はい。鬼の愛は残酷です。貴方を力づくでも自分のものにしたいと強く思っていました。泣き叫んで傷ついて逃げ惑ったとしても今すぐにと。昔、娘がまだ生きて心を通わせていた頃のままではないんです。」
「え...でも出会ってから今までマスターからそんな様子は感じませんでした...。」
「当然です。この4年間どれほど鍛錬を積んだことか...。」
マスターは遠く苦い過去を思い返すように続けた。
「最初は確かに“興味”の方が強かったかもしれません。でも私は貴方を見ているうち、どんどんと“鬼”とは違う“自分自身”の静香さんへの愛情が膨らんでいることに気付きました。
だから決めたんです。“この鬼の衝動から貴方を護ろう”と。鬼の意志ではなく自分の意志で大切にし抜こうと。」
「衝動から護る..?」
「鬼の意志は静香さんが思うより遥かに強力かつ絶対です。力づくで...いえ、きっと巧みに自分のものにしていたでしょう。でもそれは避けたかった...静香さんを愛してしまったから。」
「..........。」
マスターが今まで心の中の鬼と戦い葛藤しながら生きてきたのだと静香は知った。おそらくそれは強靭な精神を持っていないと耐えられないのだろう。
時々目を伏せる意味がわかった。きっと昂った衝動を落ち着かせるため。
(...だとしたら私は?)
自分の心ときちんと向き合おうとしたか自信がなかった。
(私はきっと今までずっとそうだった。)
受け入れてもらいたいなら自分も受け止めなければいけない。知って欲しいと思うなら自分こそ知ろうとしないといけない。
愛して欲しいなら自分から愛さないといけなかったのだ。
(もしこの先“愛の意味”を知ることができるとしたら...恐ろしい鬼を宿す誰よりも優しいこの人がいい...。)
「マスター、私...」
ふらっーーー。
「え?!」
その時、目を閉じたマスターの腕の力がふっと抜けてそのままベッドに倒れ込んだ。
「えっマスター?!」
静香が慌ててマスターの顔を確認すると、顔が赤くなって息苦しそうにしていた。すぐさま洗面所まで行くとたたんであったフェイスタオルを濡らしておでこに乗せた。そしてリビングの机の上に置いてあった解熱剤と水をなんとか飲ませる。
「大丈夫かな......」
少しそのまま様子を見ていると段々と顔色も良くなりマスターはスヤスヤと眠っていた。
「良かったぁ。病み上がりでまだ辛そうだったのにごめんなさい。」
そう呟き静香はベッドの横で寝顔を眺めた。
顔にかかった髪の毛をそっと横に流しながら、さっきのマスターの言葉を思い出す。
『自分の意志で大切にしぬく』
「凄い言葉。こんなに想われてたなんてこの4年間全く気が付かなかった...。」
マスターといると心がひどく揺さぶられる。
心臓がいちいちうるさいしすぐに耳まで赤くなる。
恋愛をしてこんなに身体に異変が起こることなんてなかったのにまるで病気になったようだ。
でも今日、静香は今までもやもやしていたことがスッキリした気がした。
「目を覚ましたらちゃんと伝えます。ちゃんと向き合いますね...マスター。」
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