今宵も鬼は甘く囁く

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 “結婚を破棄された可哀想な女”  が勤めている会社でここ最近鈴元静香(すずもとしずか)を見るみんなの目だ。 同じ会社で5年付き合っていた彼は静香と別れる前から若くて可愛い新入社員にあっさり乗り換えていた。 至ってごく普通に過ごしていた普通のOLだった静香だが、まさかこんな不名誉に会社の人たちに注目されるとは思ってもいなかった。  「静香もさー!もっとガツンと言ってやればよかったのよ!!(あや)もそう思うよね?!」 お昼休憩になり会社の近くにある喫茶店で静香は仲の良い同僚2人とランチをしていた。 「そりゃそうだけど、由香(ゆか)がそんな熱くなってどうすんのよ。ねぇ静香?」 綾に顔を覗き込まれ静香はついと苦笑いをした。 「んー“結婚を破棄”って別に婚約もしてなかったんだけどねぇ。」 「まぁでも静香は彼に対して...というか恋愛に対して冷めたところあったよね。別れて正解だったかも。」 「あ!綾そんな本当のこと言ったらダメじゃんっ!確かにこのまま結婚なんてなったら大丈夫かなとは思ってたけど!」 「......由香フォローになってないよ。」  静香と同期入社の綾と由香。クールビューティーでサバサバした綾はワインの話をしだすと長いし、天真爛漫で可愛らしい由香は彼氏と別れてから合コンにハマっている。 しかしそんな彼女達にもまだ伝えられていないことが静香にはあった。会社近辺だと誰が聞いているかわからない。噂というのは尾ひれに更に尾ひれがついて広がるものだ。だからまだ言えない。 『実は私。すでに彼氏がいます』なんて...... 実際今まで恋愛の優先順位が低すぎて何度も心配されていた。だからこそを切り出すには勇気がいる。  その時、ポケットに入れていた携帯から振動が伝わった。携帯を取り出して画面を見ると一件の新着メールが入っている。 静香はすぐにメールを開いた。 《静香さん今日も残業ですか?お身体には気をつけて。また会えるのを楽しみにしています。》 ついつい優しい文面に静香の表情が緩む。  元彼から振られた次の日、仕事帰りに行きつけのバーで飲んだくれていると、次の日の朝 超絶イケメンのバーのマスターと一緒だった。その上ひょんなことから結婚を前提にお付き合いをすることになったのだ。 そしてその日、彼の口から衝撃的な秘密を打ち明けられた。 “自分は酒呑童子の生まれ変わりで、当時愛し合っていた人を探していた。そしてが静香なんだ”とーー。  普通ならこんなありえない話誰も信じないだろう。 しかしこの時、静香の中の何かが“信じたい”と思わせた。心の中にいる存在を感じた気がした。だからか、不思議と“信じない”という選択肢はなかったのだ。 戸惑いはしたが、今まで恋愛に対して積極的になれなかった自分に初めてワクワクする気持ちが芽生えた。 (恋人から連絡が来るってこんな嬉しいことなんだ.........そう思うと私って元彼からしたらひどい彼女だったなきっと。) 浮気された挙句“運命の人と出会った”と言ってふられた時は辛かった。しかし全て自分に非があったんだと今なら思う。 (綾の言う通り。) 別れてよかったのだ。  マスターとお付き合いすることになりもう少しで1ヶ月。なのに仕事が繁忙期の為あの日からマスターとは会っていない。しかしマスターは昼夜問わず優しいメールをくれるので、残業続きの日々も乗り越えられた。 「あ!なんかいい事あった?」 すかさず由香が静香の顔を覗き込んできた。静香は飲んでいたレモンティーを思わず吹き出しそうになる。 「そんなことないよ!」 明らかに動揺が隠せていない。由香と綾は目を細くして疑いの眼差しを向けた。 (そろそろ仕事も落ち着いたしこの2人には伝えたいな...。) 「あのね、今日仕事終わったら付き合ってほしいところあるんだけど...。」 由香と綾はその瞬間目を輝かせた。顔を見合わせてから嬉しそうにうなずく。 いつだって自分のことのように怒って泣いて笑ってくれる2人が静香は大好きだったーー。
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