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梅雨が終わりを告げると、カラッと晴れた夏空を連れてきた。
瑞々しい木々の若葉が太陽に照らされ、気持ち良さそうに息をしている。
「もうミンミン鳴いてるなぁ。」
蝉たちはこの季節を待っていたと言わんばかりに鳴きだし、互いの美声を競い合っているようだ。
マスターは毎年7月の最後の週からお盆の後まではバーを休業する。
詳しいことは誰も知らず常連の中で最大の謎であったが、どうやら実家での仕事が忙しくなり帰省を余儀なくされているということだったらしい。
書道家の繁忙期は年末だが夏のお祭りの前も歴史ある鬼灯家に看板や札の依頼が多く来る。その為、お父様とマスターが2人で毎日筆を持っているそうだ。
今年のお盆休みは1週間。それだけ休みがあると、やりたいことをやり尽くし最後の2日くらいは家から出たくなくなりそうだ。しかし今年はそんなことを言ってられなくなった。
マスターが地元の花火に誘ってくれた時、てっきり日帰りだと思っていた。だが数日後マスターから「旅館に予約を入れました」と言われ、その時に静香はお泊まりだと気づいたのだ。
これには動揺を隠せなかった。
それもそのはず。2人は未だ清いお付き合いなのだ。
(お泊まりということはつまり...そういうことだよね。)
すると困惑している静香を宥めるように、マスターが静香の頭に手を乗せた。
「大丈夫何もしません。大事にすると言ったでしょう?ただそばにいられるだけで俺は幸せです。」
「マスター...。」
(聖人君子?)
静香は取り乱したことに申し訳なくなった。
そうして結局お盆休みは前半実家に1泊し後半の13日から3泊でマスターの地元に行くことになったのだ。
ちなみに8月に入っても準備が全然進まず綾に泣きつくと、デートの約束を延期して買い物に付き合ってくれた。
お盆休みに入り静香はすぐに実家に帰った。すると家の前でちょうど隣の家から出てきた人物とバッタリ顔を合わせた。
「司......。」
「おぉ!静香も帰ってたんか!またうちにも顔出せよ!」
「あ、うん。」
梅雨が明けてから全然会っていなかったのでなんとなく気まずい気がしていた。しかし司の方は全く気にしていないようだ。
(あれ...でも司がここにいるってことはもしかしてお母さんに彼氏できたってバレてる?!)
静香は急いで家の中に入った。
「ただいまぁ...。」
「あら静香早かったわね。」
「え?...うん。あれ?」
「なに?」
母は何とも拍子抜けするほどいつも通りだ。
(あれ?司言ってないのかな?)
家族には次付き合う人と結婚が決まるまでは静香は黙っているつもりだった。また変な期待をさせてしまうしプレッシャーをかけられるからだ。
(司が空気読むなんて...。)
大人になって変わった部分もあるようだ。
ーーそしてとうとうその日は来た。
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