1954人が本棚に入れています
本棚に追加
ブラインドの隙間から見える外の景色はすっかり暗くなり、久々に仕事を定時に終えた静香はマスターにメールを送った。
《今日は残業なかったので友人2人連れて行きます》
メールでは毎日のようにやりとりしているが、顔を合わせるのは久しぶり。あの眉目秀麗な顔を前に果たして恋人として普通にできるだろうかと心配になる。
(今までの私ってどうしてたっけ。)
静香は今までマスターのことを正直男性として意識したことはなかった。雲の上の存在すぎて“鑑賞”するだけで十分。だからこそ平常心でいられた。
しかし早々に問題が発生した。恋人となったマスターは溺愛ぐせが凄い。たぶんそれはもう異常なほどに。
会う前からドキドキしすぎてこのままじゃ身がもたない。
「静香!お疲れー!さぁ飲みにいこー!!」
すでに上着を羽織りバッグを持った由香がウキウキで静香の席に呼びに来た。綾はドアのところで待っている。
「うん!綾は彼氏と約束とかなかった?大丈夫?」
「大丈夫にした。」
綾がニッと笑って親指を立てると、静香は由香と顔を見合わせて笑ったーー。
静香の家の最寄駅で電車を降り、3人は賑やかな通りを過ぎて薄暗い路地に入った。
路地の先にはライトアップされた煉瓦造りのレトロな外観の建物があり、3人はその前で足を止める。
店の前に立て掛けてあるメニューボードを由香が顔を近づけて見つめた。
「わー!お洒落なバーだね!」
「由香は初めてだもんね。」
「綾は来たことあるの?いいなぁー!」
「何度かね。お酒の味が病みつきになるのよここ。それにいつも由香合コンの予定入ってたから。」
「タイミング悪かったのか残念〜。今度はこっち優先する!」
「はいはい。それにしてもイケメンのマスターは元気かしら。」
綾の言葉に静香はギクリとして視線を泳がせた。
「う、うん。たぶんね。」
ドアをそっと押して開けるとカランと音が鳴る。
「いらっしゃいませ。あ、静香さんこっち!」
お店の中は今日も満席だった。
マスターが手招きして指をさした方に行くと、奥のカウンターに空いている席が3つあり、予約席と書かれたコルクが置いてあった。
「ここ座ってください。綾さんもお久しぶりです。そちらの方は初めましてですね。」
マスターの微笑みに由香はさっそく骨抜きになったようだ。
「わー。こんな国宝級イケメン初めて見た!目の保養〜!」
「ありがとうございます。静香さんの仲の良い方にそう言っていただけるなんて光栄です。」
マスターはそう言うとひとつずつカクテルを作り始めた。
雰囲気のある暗めな店内に、天井からオレンジ色の丸いライトがさがっている。
カウンターの後ろの棚にずらっと並ぶボトルの前で、シェーカーを構えるマスターの姿は映画のワンシーンのよう。静香はいつもこの瞬間が好きだった。
(肘から手首にかけての腕の筋肉が惚れ惚れする程美しすぎるのよ。)
マスターはまるで魔法のように美味しいカクテルを生み出す天才だ。
「はい、どうぞ。」
あっという間に作り終えると、マスターはにっこりと笑みを浮かべてそれぞれ違うカクテルを3つ置いた。
綾と由香がさっそくグラスを傾ける。一口飲んですぐに2人はとても満足な様子で笑った。
「わぁおいしーっ!」
「マスター相変わらずよく好みをご存じで。」
静香もカクテルを一口飲んだ。するとすぐにいつもと違う種類の味に目を丸くした。
「あれ?これ、レッドアイですか?」
「はい。静香さん、お顔がお疲れのようなのでアルコール弱めにしました。トマトお好きですし身体にも良いので。」
「えぇー!」
会社を出る前に少し化粧直ししたはずだが、連日の寝不足がこうも簡単にバレてしまうなんて。
(そんなひどい顔してたのか私...。)
「そんな静香さんも素敵ですけどね」
「?!」
静香にだけ聞こえるくらい小さい声でそう呟いたマスターが軽くウィンクすると、静香の心臓が跳ね上がった。やはり心臓に悪い。
最初のコメントを投稿しよう!