今宵も鬼は甘く囁く

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「お話中失礼します。」 カツカツーー。 靴の音と澄み渡るような綺麗な声が薄暗い路地に響きわたる。 振り返ると優美な笑みを浮かべたマスターがまっすぐとこちらに歩いてきていた。 「鈴元静香さんと結婚を前提にお付き合いしている者ですが。」 その瞬間、世界が止まったように柔らかい空気に包まれた。 「え?!」 「結婚を前提?!」 突然のことに由香と綾も元彼とその彼女も一斉に静香を見る。静香は思わず赤面して下を向いた。 「俺は静香さんに心の底から惚れています。それこそ生まれる前からずっとと言い切れるくらいに。ね?」 マスターが静香の前で足を止め、愛おしそうな手つきで静香のあごに触れクイっとあげる。 「なのでこれ以上静香さんを侮辱するような発言をすれば、誰であろうとも許すことはできませんね。」 そうにこりと静香には微笑みかけてから元彼の方に向けた視線は冷たく、笑顔のはずのマスターの目は全然笑っていなかった。 月に照らされた瞳が光る。静香はその双眸に鼓動が速くなった。 (この目はもしかして......。) 史上最強と恐れられた鬼のものーー。  身の毛がよだつような張り詰めた空気に、元彼は耐えきれず彼女の手を引っ張り逃げて行ってしまった。黒髪イケメンもマスターに耳打ちされると由香と綾を連れて先に店に戻って行く。 「静香さん......」 静寂に包まれた仄暗い路地に残された2人。真っ直ぐに静香を見つめるマスターの真剣な顔は恐ろしいほどに美しい。 思わずその気迫に静香が後ずさると電柱に当たった。 マスターがそこに手をつく。至近距離で見つめられ目が離せない。 「酒呑童子が怖いですか?」 「......え?」 静香はゴクリと息を呑んだ。 「大丈夫。この先何があっても守ります。この鬼の魂を静香さんが恐れようとも。」 ーーその瞬間。 何が起こったかわからないうちにマスターに口を塞がれていた。 いつもの優しい彼からは想像もつかないくらい、半ば強引に、力強く、何度も。それはまるで鬼に食べられているよう。 「んっ...」 「静香さんを食べてしまいたいと思ってキスをするんです。」 心の中を読んだように言うその言葉にドキッとする。 身体が少し離れると静香は腰を抜かしてずるっと座り込みそうになった。すぐさま腕を支えられ、マスターは片方の膝をつき笑みを浮かべながら耳元で甘く囁いた。 「静香さん...貴方が可愛くてたまらない。気を失うまでその唇を奪って、壊れるほど抱きしめていたい。」 さっきの力強いキスと甘い言葉が、静香の意識をくらくらと酔わせる。 マスターは優しく頬を緩めた。 「怖くなっても逃しませんよ。...決してね。」 静香は悟った。 酒呑童子が唯一心を通わせた1人の娘。その魂の生まれ変わりが私。 遥か昔、彼に愛されたその瞬間から、この魂は捕らえられた。 巡り合ってしまった以上、この優しい鬼からは逃れられないーーー。
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