鬼は熱情をその瞳に隠す

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 うららかな春の陽気とは対照的に、静香は緊張した面持ちで歩道を歩いていた。 昨日はなかなか眠れなかった。ある程度恋愛の経験はあるのにこんなにデートに緊張するなんて初めてだ。  4年前にここに引っ越してきてすぐに、帰り道で素敵なバーを見つけた。 外観だけでなく内装もとてもレトロで、1人で一杯飲んで帰ることも多かった。 マスターの作るカクテルは絶品だ。 お任せすると、その時の自分の気分にぴったりのカクテルを作ってくれる。 その味と居心地の良い空間についハマってしまった。  超絶美形のマスターは長身で姿勢が良く、着ているシャツはいつもピシッとして清潔感がある。 美しいシルエットとは裏腹に、腕まくりをしてグラスを持つ腕は程よく筋肉質だ。 一つ一つの優雅な所作は彼の内面を表しているようで、老若男女誰が見ても惚れ惚れしてしまうだろう。 毎晩綺麗な女性たちに言い寄られても、少しも動じず笑顔で受け流すところは実に見事だった。 これまでの静香はマスターと挨拶をして世間話をするくらいのただそれだけの関係。 「なのにまさかこんなことになるなんてなぁ...」 マスターと付き合って1ヶ月経つ今でも信じられない。 平日は静香は連日残業で忙しく、週末はマスターが日中も忙しく、そんなこんなで付き合っている実感がないままメールだけの関係を続けていた。 マスターは謎が多い。バーは18時から深夜1時までなのに、日中は何をしているのか見当もつかない。  静香があれこれ考え事をしていると待ち合わせ場所の駅に着いた。あくびが出そうなのを慌てて手で隠す。 その時、改札の前にちょっとした人だかりがあることに気づいた。 「ま、まさかね...。」 嫌な予感がしつつも人混みをかき分け進むと、そこには眼鏡をかけて壁にもたれながら本を読むマスターの姿があった。 誰もが少し離れたところからため息をつき、うっとりと眺めている。
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