鬼の逢瀬の結末は(下)

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 すれ違う人混みを見渡しながら、静香とマスターは大型水槽のエリアへの順路を歩いていた。一応、楓と晴市のことを探している。 「さっきのペンギン可愛かったです!」 静香が興奮冷めやらぬ様子でマスターに笑いかけると、マスターも愛しそうに微笑み返した。なんだかんだでちゃっかりと水族館を満喫している。 全体的に暗い上にみんな水槽を見ているので、マスターがあまり注目されることもない。だからか居心地が良さそうに見える。 静香は今日改めて水族館デートの良さを知った。 大型水槽が見えてくると静香はワクワクして気が急いた。 するとその時、真横を素早く何かが通り過ぎて行った。 「えっ?今のって...人?」 振り返るが既に何も見えない。静香がまた顔を前に向けた時。 「お嬢様!!」 今度は暗闇の中に声が響いた瞬間、疾風の如く壁を走り抜けていく人の影が見えた。 (壁ってリアルに走れるの?!) 静香は立ち止まった。周りからも歓声や黄色い声が聞こえてくる。 「ま、まさか...。」 壁走りできそうな人に心当たりがある。静香は嫌な予感がしつつマスターを見上げた。 しっかりとその正体を目で捉えていたマスターは、顔に手を当てて深くため息をついていた。 「静香さん。ちょっとあの2人を回収してきますので、どこかに座って待ってていただけますか?」 (回収って...。) 静香が頷くのを見てからマスターは2人を追いかけた。目にも止まらぬ速さで。鬼灯家の運動能力の高さには脱帽だ。  静香があまり人が通らないベンチを見つけて座っていると、それほど時間がかからないうちにマスターが帰ってきた。後ろには楓と晴市がいる。 静香は立ち上がり3人に駆け寄った。 「良かった見つかって。2人ともどうかしたの?」 晴市の眼鏡がない。いつもの馴染んだ感じではなく、やはり別人に見える。 静香は楓の表情に視線を留めると、マスターの方に向き直った。 「マスター、ちょっと楓ちゃんと2人にしてもらってもいいですか?」 マスターと晴市が顔を合わせた。晴市が頷くと、マスターは静香の顔を見てニッコリと微笑んだ。 「はい。でも何かあると困るので会話が聞こえない距離で見えるところにはいますね。」 2人は踵を返し、大型水槽の方へ歩いていったーー。  静香がベンチに座って笑いかけると、楓はトコトコと歩いてきて静香の隣に座った。相変わらず表情は変わらないが、やっぱりしょんぼりしているように見える。 「想いは伝えられた?」 楓は首を横に振った。 「そっか。素直に自分の心を出すのって難しいよね。」 静香も痛いほどその気持ちがわかった。今までの自分もそうだったからだ。でもマスターと出逢って、マスターに愛されて変わった。『彼の為に変わりたい』と初めて思えた。 楓の抱えてきたものの大きさを考えると、自分以上に言い出せない何かがあるのだろう。でも...。 「これからのことをよく考えて、今日打ち明けようって決めたんでしょ?」 静香の言葉を楓は瞬きせずに聞いていた。 「もしここだと思う時が来たら、それを逃さないようにね?」 逃したらきっと一生言えない。そんな予感がする。 楓は一瞬深く瞑目した。そして背筋をしゃんと伸ばしてからゆっくりと顔を上げた。 「晴市の眼鏡は、私が昔するように言いました。」 「...うん。」 「晴市の素顔を他の女性に見せたくなかったんです。その光景を見ると鬼の血が騒ぐから。」 なんとなく想像はついていた。と言うことは晴市もきっと気付いている。 あんなに近くにいて楓だけを見ていた彼がわからないはずがない。 「私は最低です。いずれ決まった人と結婚するのに、彼を誰にも渡したくないと思ってしまっていた。」 楓の瞳の奥が光って揺れたその時だった。 何かを見て楓の表情が一瞬強張る。 静香が楓の視線の先に目を向けると、離れたところに立っていたマスターと晴市に2人組の女性が声をかけていた。 「あっ。やっぱりこうなるか...。」 静香が想像通りの光景にため息を漏らした時、瞬間移動でもするかのような速さで楓は走りだした。
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