空白

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空白

 私は確信した。このテストは私の手の中にあると。  配られたテストの裏面を見た時、自信が揺らいだ。単語の説明はまだ可能性がある。だが、実験結果を予想してその理由を述べる問題。地味に高得点なのに、正答するのはほぼ不可能だ。  私は化学の実験の授業には参加している。だが、ノートは一度たりともとったことがない。教科書には実験の手法のみで結果は表示されていない。ほぼ詰みだ。唯一、点が取れるなら実験結果の予想。ア、イ、ウ、エの四択問題のみ。他は計算問題だけ。これなら勝機はある。  先生のくどくどした無駄な説明が始まる。 「アラームが鳴ったらペンを止め、机に置いてください。回収の指示はテスト終了後に発表します。では、始め」  私は用紙をすぐさま表にし、問題にざっと目を通す。  勝った……。思わず口角が吊り上がりそうになる。穴埋め、語群問題。穴埋めは教科書を歯抜けにしたに過ぎない。現に、この文章には覚えがある。語群問題だってそうだ。先生がオリジナルに変えたって無駄。結局のところ、教科書とほぼ似ている。  思わずあくびの出る問題に、私は鼻歌でも歌いたくなってしまう。大層につまらない。スラスラと書き進め、テストが始まり10分程度で終わってしまう。  もしかしたらクラス内最速なのではと。カンニングを疑われない程度に周囲をうかがう。隣のチャラ男は気難しい顔でテストとにらめっこ。この様子なら間違いなく分かってない。  そういえばクラストップの癖に異様に謙虚で、いけ好かない真面目かぶれはどうだろうか。本当はあのインテリメガネすら視界に入れたくないが、自己満足のためだ。  チラリと見ると、ペンは止まっている。そこがどの問題は知らない。まだ始まって数分程度。止まっているとしたら表面だろう。その点、私の解答欄は全部埋められている。あの尊大な顔に、眼前にこの埋め尽くされた表面をチラつかせたい。きっとこの上ない優越感に浸れるだろう。  さて、気を取り直して目の前のテストに集中しよう。ここからが山場、もしくは関所と言うべきか。  単語の説明は慎重に言葉を選ぶ。私の脳にある教科書一覧から検索し、完全一致するものを探す。  これかな。完全一致、したはずなのだが不安はある。シャーペンの先が小刻みに震える。ダメだ。あれはこれはと様々な教科書の一文が脳裏をよぎる。  このままではらちが明かない。次だ、次の単語説明だ。これもまた見覚えのある一文が脳を飛び交う。このままじゃジリ貧だ。脳のリセットをかねて計算問題に行くか。  計算問題は……分からない。数式は暗記していなかったな。すっかりとできる気でいた。ここも諦めよう。  結局また単語説明。悩みに悩み、これだろうというものを当てはめる。読めば読むほど自信が失われるからこそ、もうここには手を触れない。  実験結果の予想は適当に。何となく【イ】だろう。だいたいイとウは正解が多いイメージがある。  見直しても特に間違いはない。回答した場所は全部あってたとして86点。そこから点がごっそり引かれても、せめても50は残るだろう。これならあんぱいだ。さて、時間はまだ20分も余っている。することはないし寝よう。テスト後の優越だ。  私が起こされたのはテスト後。後ろから肩を叩かれ目を覚ました。  テスト用紙が重ねられて手渡される。見たところ、表面でそろえるのだろう。寝起きで働かない脳で精一杯の処理をして、自分のテスト用紙を重ねる。  前に出すとき、寝ぼけ眼が急激に冴えた。今なら引き返せる。そう思い戻そうとしても後の祭り。前の席の人は受け取り、また前へと流す。  背中を流れる嫌な汗が止まらない。問題ばかりに気を取られ、盲点だった。  夢であってくれ。名前が空白なのは寝起きの見間違えであれ。今はそう願うしかない。あんぱいだと思っていた50も霧のように消えてしまった。
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