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君泥棒
「君ってホントに欲がないよね」
仕事に一区切り付けたところで不意に声をかけられた。
「カヤさん」
「少しくらい持って帰っちゃえばいいのに」
彼女は僕の上司であり、得意の読心術を用いて僕達とともに遺跡に挑むトレジャーハンターだ。
今回の遺跡探索で手に入れたお宝を抱えてカヤさんは、それでも嬉しそうだ。
「ここ7年とトレジャーハンターやってて、君みたいなのは始めてよ」
「僕は遺跡に行って古代の意図を感じられれば、それだけでいいんです」
「出た、『古代の意図』」
昔の人達が、何を考え何を求めたか。僕はこれを古代の意図と呼んでいる。
「ホントに全部貰っちゃっていいの?」
「ええ、カヤさんに差し上げます」
「そう、じゃあ…はい」
そう言ってカヤさんは僕の机の上に大きな宝石が付いた指輪を置いた。
「これあげる」
僕はそれを手に取った。上質なエメラルドの輝きが、僕を照らす事は無かった。
「いいの、もう必要なくなっちゃったんだ」
僕は少し間を開けて、急にこみ上げた感情を押さえ込んだ。
「そうですか…」
「いらない?」
「正直」
「まあ、そっか。じゃ、やっぱ返してもらっても…いい?」
僕はカヤさんの手に指輪を置いた。カヤさんは腕の痣を掻きながら指輪をポケットにしまった。
「すいません、ありがとうございます」
「謝らなくてもいいのよ、わかってたから」
そう言って笑うカヤさんから目をそらすように、僕は机に向かう。
「なんでそんなに欲がないんだか…」
半ば呆れるようにカヤさんは呟いた。
「…欲が無い訳ではないですよ」
カヤさんは静かに僕の隣の椅子に座った。
「でも、必要ないんです」
僕は少しコーヒーをすすった。
「少しお金があれば欲しい服が買える。もっとお金があれば、家も車も手に入る。でも本当に、本当に欲しいものは、いつも僕の手から離れていく」
「…そっかぁ」
「僕が本当に欲しい物はお金じゃないから…」
「じゃあさ、君が本当に欲しい物って何?」
僕が本当に欲しい物は…
「…ごめんなさい、言えません」
「それは、私だから言えないの?それとも、言う勇気が無いってこと?」
「どちらかといえば、後者になります」
少し考えるような素振りをして、カヤさんは続けた。
「そんな物はさ、奪い取っちゃえばいいんだよ。泥棒みたいにさ」
「できたらやってますよ」
「私は君ならできると思ってるよ」
「何を根拠に…」
「どんなに隠れたところにあるお宝も、いつも君は見つけ出すでしょ。まるで遺跡全体に目が付いてるみたいに」
「それは、遺跡内の湿度や気温、壁画とかから考察して…」
「私にはできない」
「理論尽くめで手に入るような物じゃないんです」
「手に入るよ。私なら手に入れる」
「……」
「ねえ」
カヤさんは、僕の机にもう一度指輪を置いた。
「もし本当に手に入れたいんなら、少し貪欲なくらいが丁度いいんじゃない?」
僕は、その指輪を再び手に取った。
「ちょっとくらい、頑張ってよ」
言いながらカヤさんは、うなじの痣を掻きながら事務所の出口へ向かった。
「じゃあ私、彼氏の所に行くから」
そう言ってカヤさんは僕に手を振った。
「…おつかれさまです」
カヤさんは僕に背を向けると、鼻をすすりながら言った。
「あとゴメン、少しズルした」
少し考えた後、僕はカヤさんが置いていった指輪を握りしめ、事務所を飛び出した。
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