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スノウブレイズ
目に見える全ての物が凍てつくここは、アウラ・スッカ。
地面は凍り、海は氷河に包まれ、大気は吹雪が吹き荒れる、まさに不毛の地だ。
私はこのアウラ・スッカで旅をする人間のうちの1人。
「ただいま、パブロ」
「バウ」
パブロは、私と共に旅をする熊だ。
「今日はこんな物を見つけたんだ」
雪原を歩く内に見つけたホッキョクグマの残飯。
私は袋の中からアザラシの肉片を取り出した。
「バウバウ」
「早速焼いて食べようか」
私達は、ある伝説を確かめる為にここにやって来た。
その伝説は
『悪しき太陽が大地を焦がさんとする時、白き龍が窓掛けを掛けにこの地に訪れる』
というもの。
私の考えでは、これは気象現象をモチーフにしたおとぎ話で、何日もの快晴が続いて爆発的に気温が上がっている状態、それと深夜にオーロラが掛かっている状態が重なったときにオーロラによる電磁波を受けて、何かしらの発光現象が起きる、若しくは幻覚の類だろうと踏んでいる。
この場所は、オーロラが発生しやすい事、盆地であり気温が周辺の海沿いよりも上昇しやすい事が重なっている為、この現象を確認できるかもしれない。
そう考えてテントを貼り、ここ2週間程滞在している。
しかし、吹雪は相変わらず吹き続けているし、悪天候によりオーロラの観測すらできていない。
もしかしたら、ここいらが潮時なのかも知れない。
私達はテント内の焚き火をつつきながら、温めたトマトスープをすすった。
「なあ、パブロ」
「フガ」
「もうそろそろ、家に帰ろうか」
「バウ、バウ」
「ん、でもそろそろ物資も減ってきたし…」
「……バウ!バウバウ!」
「え、何が…」
パブロが何かに気付いた。外を見ると驚くことに、周囲を照らし、まるで夜とは思えないほどの閃光を放つ物体が宙を待っていた。
「な、なんだあれ……」
「バウ!」
あまりの眩しさに目を細めても直視できずにいた。
そして、一瞬光を失ったかと思えば、その光は光線となって周囲を悉く焼き始める。
その威力は、私達の体を吹き飛ばすには充分すぎる程の衝撃波を産んだ。
「パブロ!無事か!?」
「バウ!!」
ホッとしたのも束の間、すぐに周囲の異変に気付く。
周辺の気温が一気にサウナの如く上昇する。先程までのような眩しさは無くなったが、周囲の雪や氷は一気に溶け、あたりは焦土と化していた。
「な、なんだコレ…」
「ウウウ…」
パブロが遠くを見つめて唸る。その視線の先、焦土と化した平原の中央には、犬の様な四肢と、背中に巨大な翼を携え、煌々と光る夕焼けの様な色の龍が悠々と立っているのが見えた。
「う、嘘だろ…さっきの……」
その龍は天を見上げると、まるで己の力を世界に知らしめるかのように、低く禍々しい鳴き声を上げた。
「バウッ!」
パブロの鳴き声に気付いた夕焼けの龍が、こちらを向く。
そして、先程と同じように眩い閃光を放ち始める。
「クッ…」
私は半ば諦めるかのように目を閉じた。
「…あれ?」
ゆっくりと目を開ける。夕焼けの龍は、閃光を放つのを止め空を見上げている。釣られるように私も空を見上げた。
「あ、あれは……まさか!」
そこには、まるで風に乗って舞うかのように現れたもう一匹の龍がいた。
蛇から足が生えたような、長く細い体をくねらせ、まるで雪のようにキラキラとした鱗粉を撒きながら、私達を守るかのように夕焼けの龍との間に舞い降りる。そして、どこまでも透き通るような高い鳴き声を上げた。
夕焼けの龍もそれに応じる様に鳴き声を上げ、対峙した龍に挨拶を交わすかの如く、閃光を浴びせる。
しかし、白の龍は怯まず、今度は自分の番だと言わんばかりに夕焼けの龍に飛びかかる。
悪しき太陽と白き龍。2つの伝説が今ここで相見えた。
夕焼けの龍は全身から閃光を放ち抵抗する。しかし、白の龍は臆することなく敵の首根っこに噛みつき、投げるように地面に叩きつける。
しかし、素早く体勢を立て直した夕焼けの龍に抑え込まれ、至近距離で閃光を受けてしまう。
白の龍の角が折れ、焦げてしまった頭から血を流す白の龍。地面に伏したまま苦しそうにもがいている。
「このままじゃ……そうだ」
私は急いで先程のテントの残骸に向かって走った。辛うじて何を逃れたライフルを手に取り、夕焼けの龍に向けた。
暑さのあまり全身から汗が吹き出し、視界は揺れ殆ど照準が定まらない。
そこにパブロが私の下に潜り込み、照準のアシストをしてくれた。
「ありがとう、パブロ」
「バウ」
私は意を決し引き金を引いた。
手応えはあった。確実に弾丸は龍の脳天に当たったはずだ。
しかし、弾丸はあっけなく弾かれ、夕焼けの龍には傷1つつかなかった。それどころか、私達を邪魔者と認識した夕焼けの龍は、こちらに狙いを定め一気に駆け寄って来る。
「も、もう一発!」
効かない。
「うあああああああああ!」
半ばやけくそに放った三発目は、奇跡的に夕焼けの龍の目をかすめた。
夕焼けの龍はバランスを崩し転倒。のたうち回る様に苦しんでいる。
その瞬間、まるで周囲がオーロラに包まれる様に虹色に輝き始めた。
「あ、あれは…」
白の龍が再び夕焼けの龍に噛み付いた。白の龍は先程までの様子とは打って変わり、全身に虹色のオーロラを纏っていた。
白の龍は噛み付いたまま、周囲のオーロラを取り込むように全身に集め、口から虹色の光線を放った。夕焼けの龍は、地面を抉るように吹き飛ばされた。
その姿は息を呑むほどに美しく、私は時を忘れて見惚れていた。
夕焼けの龍は逃げる様に飛びさり、あたりには再び雪が振り始めた。
先程までオーロラを纏っていた白の龍は、再び雪のような色に戻り、私達を一瞥すると、そのまま遠くへ飛び去って行った。
「……おわったのか…?」
「バウ」
私は力なくその場に座り込んだ。
「…うう、寒っ」
先程まで汗をかいていたので、一気に体感温度が下がる。
「パ、パブロ…」
「バウバウ」
パブロが私を寒さから守るように包み込んだ。
「凄かったな、パブロ」
「バウ」
私はパブロを優しくなでた。
「よし、帰ろっか」
「バウ!」
私は、この世界の人類がまだ知らない境地を垣間見た。
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