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想いよ、紅蓮に染まれ
僕の大切なかわいいあの子は、僕が守らなくちゃ。
僕は特に不自由なく育ってきた。
捨てられるまでは。
彷徨った挙句にいつの間にかこんな見窄らしい姿になったが、それでも僕のやるべき事は変わらない。
「キミ、これ何回目よ」
「17回目です」
「いや、そう言う事じゃなくってさ…」
お巡りさんは、呆れたように天を仰いだ。
「何度も何度も通報されるこっちの身にもなってくれよ」
「そんな事、僕の知ったことじゃないですよ」
彼女が何度僕を通報しようと、僕はやめる理由を知らない。
「今の所なにも実害が無いけど、そろそろこちらとしても考えないといけない」
「その時はその時で、あの子を頼みますよ」
警官たちの後ろにいる彼女は、僕を軽蔑の目で見ている。僕だって嫌われたくてこんな事してる訳じゃない。
「じゃあ、今度こそこれっきりにしてくれよ」
「致しかねます」
「はぁ…」
大きなため息を付いて、お巡りさん達は去っていった。
僕は彼女とともにその場に取り残された。
「ねえ、そろそろ通報するの止めてもらってもいいですか」
ビクッと振り返った彼女は、何も言わずにその場を立ち去った。
僕は家に帰る途中、あの子の住む家の隣にあるゴミ捨て場に立ち寄った。
最初こそ抵抗があったものの、慣れたもので今ではもはや日課となっていた。
中から適当なキャットフードの空き缶を拾い、中にこびり着いた残飯を口にする。
ああ、不味い。
ふと、あの子が住む部屋を見上げた。
そこには窓からの景色を眺める彼女の姿があった。
僕は彼女に見つからないよう、足早にその場を去った。
今日の彼女は、どこか体調が悪そうだった。
足取りも重いし、なによりいつもと違う匂いがする。
「…ん?」
アレが赤のときは、車は動いてはいけないはずだろ?
なんで、なんで彼女の所に向かってるんだ?
気分が悪そうに俯く彼女は、その事に気付いていない。
まずい。
考えるより先に、体が動いた。
何も考えずに彼女の手を取り、力強く後ろに引いた。
彼女は驚きのあまり転倒してしまったが、それでいい。
僕の視線は宙を舞い、数メートル離れた地面で止まった。
「…あぁ」
体が思うように動かない。これくらいじゃ死なないと思ってたけど、打ち所が悪かったようだ。
もはや痛みさえ感じない。
朦朧とする意識の中、彼女が僕の顔をのぞき込んだのが見えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
大丈夫じゃない事は、僕が1番よくわかってる。
「き、聞いてくれ…」
彼女はこくこくと頷いた。
「あ…あの子を守るには…、貴女が…必要だ…」
彼女は少し困惑したような表情を見せる。
「貴女があの子に……付けた名前…『ユキ』……だったな」
「ユ、ユキは私が飼っている猫の名前ですが…」
僕の視界は徐々に暗くなり、何も見えなくなってきた。
「いい……名前だな…………あの子を愛してくれて……ありがとう」
彼女が何か喋っている。もうそれも聞こえなくなってきた。
これだけは、伝えなくては。
「ぼ、僕の……大切なむ、娘を……どうか…」
最期に、顎の下を撫でる感覚が伝わってきた。彼女だろうか。
大昔に味わったような、懐かしい温かさに包まれながら、僕の意識は途絶えた。
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