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飛んで煌めく
夕日で真っ赤に染まった、遠くの海でライズした。
少しばかりの青さを残した海は、僕を包み込む準備を終えて静かに佇んでいた。
「死ぬの?」
後ろから声をかけられた。振り返ると、僕より少し年下の女の子が浜辺に立っていた。
「…君には関係ないよ」
僕は再び海に向き直った。
「…もう決めたことなんだ」
「あなたが決めた事も理由もわからないけど」
彼女は息を吸い直した。
「少しだけ話を聞いてよ」
「…少しだけね」
不思議と、悪い気はしなかった。
「ジンベエザメには指があるって知ってる?」
「うーん、知らない」
彼女は少し笑った。
「だよね。知ってたら怖い」
「なんで?」
「私が今考えた」
僕は少し考えて言った。
「ジンベエザメ、ウバザメ、メガマウス」
「どれも大きなサメだよね」
「僕はメガマウスが好き」
彼女は、好きな魚の話を始めた。僕はしばらく彼女の話を聞きながら、穏やかに白波を立てる海を眺めていた。
「ねえ、聞いてるの?」
「ああ、ごめん。カレーうどんの話だっけ?」
彼女は眉をひそめた。
「鯨の話」
「ああ、そうか…」
僕は彼女の話をまともに聞けるほど、余裕がないのかもしれない。
「ちゃんと聞いてよ」
「そう言われてもなぁ」
彼女の話は難しくてよくわからない。
「鯨の夢と鰯の遊び」
「なにそれ…」
得体の知れない彼女は、僕の背中に優しく手を置いた。
「あなたが夢をキャストした時、海はあなたに答えてなぶらを立てる」
「う~ん」
彼女は、指を背中に突き立て、ゆっくりと下に動かした。
「ちょ、くすぐったい」
「あなたの背中は小さな海。うなじに落ちたプラグは、ゆっくりと骨盤に下っていくの」
「意味がわらないよ……」
「あなたがメタルジグだとして」
彼女は僕の両肩に手を置いた。
「飛んで煌めけばいいんだよ」
今までにない、優しい口調で彼女は僕に語り掛けた。
「お願いだから、死なないで」
ゆっくりと振り返った僕が真っ先に見たのは、頬に伝う涙を拭う彼女の顔。
「私を他の海に連れて行って」
「…難しいかも知れない」
僕は背中にある彼女の手を右手で払った。脇目に見える彼女の手が、ワームのように揺らめいた。
「………決めた事だから」
「そんなに堅い意志でもないんでしょ?」
「そんなこと」
「だって、もうだいぶ私の話を聞いてくれてる」
「それは君が……綺麗だから」
言ってから、深く深呼吸した。
「…ほら、かかった」
「かかったって?」
僕は彼女に向き直った。
「あなたの心が煌めいて、私がそれに応えたの」
「そうか」
僕は、海とは反対側に歩き始めた。
「…釣られたのは僕かもね」
「連れてってくれるよね?約束だから」
「…ああ、約束だ」
すれた海で、太陽と鱗の光がライズした。
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