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レインボウ
向こうの雨は止まない。
だから私達人間は、雨が振らない所へ逃げたんだ。
「夕方は雨だな」
おじいちゃんはそう言った。
「なんで分かるの?」
「向こうを見てみろ。虹がいつもより近いだろう?」
私は向こうを見た。確かに、いつもより虹が大きく見える。
「ああいう時は決まって次の日雨が振るんだ」
なるほど、言われてみればそんな気もする。
「詳しいんだね、おじいちゃん」
「なに、年の功ってやつよ」
私は改めて向こうを見た。向こうの雨はやまない。
ここ数日間は晴れが続いていた為、大体2週間ぶりの雨になる。
向こうへは、誰も近寄らない。私も色んな人から近寄るなと念を押され続けてきた。
でも、実は過去に一度行こうとした事がある。
まだ幼かった私からしてみれば、行くなというのは回りくどく「行け」と言われているようなもので気にならない訳がない。
いざ行こうと思ったら案外遠くて、途中で疲れて帰ってしまったのだが。
考えてみれば近付くなというのもわかる。なにせ何十年何百年と雨が降り続いている訳だから、地盤は緩むし濁流があちこちで流れ出ているだろう。そんな環境に身を晒したら危険な事この上ない。
今でこそあそこに行こうなんて思わなくなったが、こんなふうに向こうについて考えていると、やはり気になってくるものだ。
これ以上考えてもいい事なんてなさそうだ。私は改めて虹を見た。
「なんだかなぁ…」
さっきより近くなってる気がする。傘を持ってきていなかったので、少し急ぎ目に家に向かう。
ふと、コンビニの前で足を止める。目の前の全国おでんフェアと書かれたのぼり旗に目が行った。
「おいしそう…」
カットゥー風、カッセィー風、それにセズォークおでんなど、様々な地方のおでんが集まっているらしい。
「ええい、ままよ」
私はコンビニに入った。
コンビニから出る頃には、既に雨がポツリ、ポツリと振り始めていた。
「あっちゃ〜…」
あいにく傘なんて持ち合わせていない私は意を決した。
「いくかぁ」
おでんが傾かない様に慎重に、でも雨に濡れないよう早足で自宅を目指す。
「うわうわ」
途中で一気に雨足が加速し、土砂降りになる。
「よし、あとすこし」
家まで一気に駆け抜ける。しかし決定的なミスを犯してしまった。
「あ」
雨で濡れた側溝の蓋に足を滑らせる。きっと誰もが経験したことのある事だろう。そして、私は誰よりも転んではいけない人間だった。
「いてて…」
目の前には儚く散ったおでん達が散乱していた。
「うっそ……、最悪」
袋の中には、唯一無事だったカッセィー風の卵だけが虚しく残されていた。
「……はぁ〜」
既に雨でびしょびしょになってしまった私は力なくおでん達を回収した。
家に付いた頃にはまるでプールでも泳いできたみたいに全身がずぶ濡れになってしまっていた。
「うう、寒っ」
とりあえずシャワーを浴びようと、服を脱いで浴室に入った時、ふと窓から外を見ると既に雨はやんでいた。
「なんだよ、もう」
遠ざかった雨にはまた、大きな虹がかかっていた。
「なんか、晴れたって感じ」
私は生き残った卵を食べるべく、少し早めに浴室を出た。
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