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リボルバーザドギー
静かな夜に遠吠えが響いた。
彼の居る街に悪は蔓延らない。
彼の名は……、「リボルバーザドギー」
「アンタが噂のリボルバーザドギーかい」
俺はハットを軽く傾けた。
「本当に犬みたいな顔なんだね。ひと目見ただけでわかったよ」
「お前が今回の依頼人か」
女は軽く口角を上げながら言った。
「まずは見せておくれよ。アンタの有名な『相棒』をさ」
俺はため息をつきながら、懐から愛用のリボルバーを手渡した。
「…ふうん、ベースはダニエル・ブラッド社の『カタリーナ』のようだけど、あちこち改造してある」
女は銃を机に置いて、タバコに火をつけた。
「はは、しかし『1発しか込められない相棒』の噂がまさか本当だったなんて」
「……」
俺は机の上に置かれた銃を懐に戻した。
「ああ、悪い。仕事の話だったね」
女は一枚の写真を俺に手渡した。
「アンタに殺してほしいのはコイツだよ」
その顔には、確かに見覚えがあった。
「…依頼主の素性を聞かないってのがアンタのルールなんだろ?」
女は揃った前歯を見せながら笑った。
「…その通りだ」
先天性遺伝子融合症候群。この病が俺の運命を変えた。
ある日突然目が覚めたら犬になっていたなんて、俺にとっては冗談でも笑えない。
元々犬が嫌いだった俺は、その運命に果てしなく嫌気が差した。
「…はあ」
正直いって、今回のターゲットはあまり気が乗らない。
今まで俺がターゲットとして殺してきたのは、市民の生活を脅かす存在だ。
確かに今回のターゲットはエビルゲノムを裏で手助けする奴だ。だが…。
「…いや、依頼は依頼だ」
俺は覚悟を決め、ターゲットの居場所を追った。
ターゲットは、既に自宅には居ないようだったが、匂いで辿れる。
何とも言えない匂いだった。
ターゲットは、目の前にいる。
「どちら様ですか?」
ターゲットはこちらに質問を投げかけた。
「…ま、どちら様でもいいや」
ターゲットは相変わらず俺に背を向けている。
「何の用ですか?」
俺は銃を手に取った。
「お前を殺しに来た」
ターゲットは、フェンスの上に座ったままこちらを向いた。
「もっと早く来てくれればよかったのに」
見覚えのある顔。風に揺られて漂ってきたターゲットの呼気からは、強烈なアルコールの匂いと、それに紛れた睡眠薬の匂いがした。
「…死ぬのか?」
ターゲットは再び正面に向き直り、眼下に見える町並みを見下ろした。
「この高さなら、あるいは」
ターゲットは乱れた髪をなびかせて、少し肩を揺らした。
「あなたもラッキーだね。誰かに頼まれて来たんでしょ?」
「依頼人の名は言えない」
「誰でもいいって言ったじゃん」
突然、ターゲットは大声で笑い出した。
「ホントは怖いんだ。何もかも失って、いざ死のうと思って。痛いとか苦しいとか。やっぱり怖い」
言いながら、ターゲットはフェンスを降りてこちらに寄った。
「私を殺しに来たんだよね?」
「…」
アポクリン腺からの分泌液の匂い。
俺はターゲットの目を見た。
「ねえ、殺さないの?」
ターゲットは眉をピクピクと震わせた。
「殺せよ!」
俺はターゲットの額に銃口を突き付けた。
「…早く」
「できない」
「なんでよ」
ターゲットの目は、熱く太陽のように輝き、その圧倒的なまでの光に、俺は気圧された。
「…じゃあ、これなら殺してくれる?」
ターゲットは俺から距離を取ると、懐からスマホを取り出した。
「お前がその気なら、俺だって容赦はしない」
俺は徒手の構えを取った。
「…言い残したことはあるか?」
「燃え尽きろ!リボルバーザドギー!!」
空を仰ぐと、既に日が昇っていた。
ターゲットは、しばらく前にフェンスと飛び越えて行ったが、俺には追いかけられそうもない。
「…あー」
依頼人になんて報告すればいいのか。言い訳を考えた。
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