死してなお

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死してなお

交通事故だった。 飛び出した猫を避けようとして、電柱にぶつかった。 エアバッグも起動していたが、当たりどころが悪かったらしい。 でも、時速10キロしか出してなかったよ! 運悪すぎじゃない!? まあ、そんなこんだで、あっという間にお葬式が終わって、あっという間に我が家には日常が帰ってきた。 私に心残りがあるとすれば…。 「おーい、裕美ー」 返事はない。 「…夕飯、ここに置いてくよ」 裕明は、扉の前にお盆を置いて、扉の前を後にした。 一人で夕飯を食べる裕明の背中はどこか寂しそうでもある。 「難しいなぁ、年頃の女の子って」 裕明は、コーヒーを飲みながら頭を抱えた。 私は、そんな裕明の肩を優しく抱いた。 「…なぁ美幸、どうしたらいいと思う?」 「大丈夫、いつか必ず裕美に届くから」 「……美幸」 あの頃から、裕明も裕美も年をとって、成長した。 変わらないのは私だけで。 「裕美、入るよ」 私は裕美の部屋に入って、ベッドに腰掛けた。 「お母さん…」 「なあに?」 「そこにいるの?」 裕美は私に背中を向けたまま言った。 「…私はいつでもそばにいるよ」 できるだけ優しく、優しく言った。 「お母さん、私を一人にしないで」 「…ごめんね」 「…なんでいなくなっちゃうの……お母さん…」 私はただ、裕美の頭を撫でることしかできなかった。 「お父さん…、これ」 「裕美!」 裕美は、空いた食器を裕明に渡した。ここの所部屋から出ることすら無かったので、私も裕明も驚いた。 「どうだ、美味しかったか…?」 裕明が今にも泣きそうな顔で聞いた。 「……これ、もしかしてチャーハン?」 「お、おう」 「なんかやけにしょっぱいしベチャベチャだし……しかも、もしかしてマヨネーズとか入れてないよね?」 「…ちょっとオリジナリティを出そうと……な?」 「でた、初心者あるある」 「…すまん」 裕明は、今度は別の理由で泣きそうになりながら謝る。 「次からは、私がちゃんと教えてあげるから。ありがとね、お父さん」 「そっかぁ、裕美、いつも母さんの隣で料理してる所見てたもんなぁ……」 ついに、裕明は泣き出してしまった。 「ああもう、しっかりしてよ」 言いながら、裕美も人差し指で目をなぞった。 そんな、幸せそうな時間。 私は死してなお、この二人の幸せを願いたい。 「うおおおおおおお!!」 「えっ」 突然、玄関の扉が大きな音を立てて開いた。 「う、うわああああ」 「きゃあああああ」 そこに立っていたのは、刃物を持った男だった。 「拙者はうきうき侍!!お主たちのお命、頂戴いたす!!」 完全に目の焦点が合っていない。マジでヤバい奴だ。 「や、やめろ!」 「警察呼びますよ!!」 「むむ、ではそうなる前に、お命頂戴いたす!!」 うきうき侍が、裕美目掛けて走った。私は咄嗟に、うきうき侍の前に立って裕美を庇った。 「うぐっ、もう一人いたか!お命頂戴!!」 なんか、よくわからないけど本当に止められた。 「み、美幸!?」 「……えっ、お、おおおお母さん!?」 どうやら、咄嗟に実体化してしまったらしい。 死んでから数日たったある日、ふと足元に落ちている10円玉を拾おうとして、実体化できる能力がある事に気がついた。 「ええい!ままよ!!」 ふわふわと空を飛んでいる時、何かの間違えで実体化してしまった事がある。もちろん私の体は地面に叩きつけられたが、一度死んでいるからか、無傷で何事も無く歩いて帰ることができた。 「なぬ、拙者の刃が効かないだと…!」 せっかくなので、暇つぶしに格闘技を習いに行っていた事もあった。うまく実体化と幽霊化を組み合わせれば、タダでコーチの教えが受けられる。犯罪かな?でもどうせ死んじゃってるし、いいか。 「ふぐッ……」 うきうき侍は、その場に倒れ込んだ。 「いっちょあがりっと。二人とも、怪我はない?」 振り返ると、そこには呆然と立ち尽くす二人の姿が。 「…なあ裕美、俺夢でも見てんのかな」 「もしかして、お父さんも見える…?」 二人揃って、目をごしごしと擦った。 「ごめんね、びっくりさせちゃって」 「お母さん!」 「美幸!」 二人は私に抱き着いた。 「本当にお母さんだ……うわーん」 「美幸……美幸……うおーん」 「ほんとはすぐにでも二人に会いたかったけど、死んだ人が急に現れるとおかしいかなって思って、中々言い出せなかったんだ」 久々に触れる二人は、とても暖かかった。 私は死してなお、この二人を守り抜こう。 拙者はうきうき侍。すべてをわかっていたで候。もはや拙者の存在は完全に忘れ去られているが、これでよかったで候。
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