生き残った男

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 そんなことを考え出すと、不安の影が少しずつ、心の中を覆い始めた。今の俺には、何か聞けるのは看護婦の奈々さんしかいない。コウイチは思い切って奈々に、疑問に思ったことを訪ねてみた。 「ねえ、奈々……さん」 「はい?」 「俺が巻き込まれた事故って、かなり酷かったんだよね。警察が俺のところに、事情徴収に来たりしないのかな?」  コウイチの質問に、奈々は嫌な顔ひとつせず、ニッコリと微笑んで答えた。 「はい、それはコウイチさんの体が全快してからにして下さいと、伝えてあります。目が覚めたとはいえ、まだ安定しているとは言えないですし、今はコウイチさんが良くなることが、最優先ですから」  コウイチの名字は「只野」というのだが、コウイチは昔からこの名字が嫌いだった。フルネームで呼ばれるのはもっと嫌だった。「ただの、コウイチ」って、なんの価値もない人間みたいに思えるからだった。だから奈々にも、下の名前で呼んで欲しいとワガママを言っていたのだが、奈々はそれも素直に受け入れてくれていた。  そんな奈々に、コウイチは全幅の信頼を寄せているとも言えた。なんせ、狭い個室に1人きり、しかも体は未だに拘束されたままのコウイチが頼れるのは、日に何回か病室へ来てくれる、奈々しかいなかったからだ。そんな奈々にあれこれ問いただすのは申し訳ないとも思ったが、コウイチはやはり、次の質問をしてみた。 「あ、あと、僕の両親とか友人とか、お見舞いに来てたりは……しませんでした?」  それを聞いた奈々は、一瞬ふっと暗い表情になり。しかしまた、「努めて明るい表情」を作り、コウイチに答えた。
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