いつか王子様が(シナリオ)

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いつか王子様が(シナリオ)

もうひとつ、先生の反応がよかったシナリオを載せます。課題はすすき。男女の恋愛もの。 後半の彼女は幽霊ではなくて、主人公の心の中の対話です。このタイトルになったのは、『マイルス・デイビス〜クールの誕生』を観たからかな。 大人のロマンチックってこんな感じかなって思って書きました。 == いつか王子様が ==    人 物 大山雄也(20)(40)大学生、会社員 葉月里菜(20)大学生 大山翔子(38)雄也の妻 大山愛(10)雄也の娘 葉月有紗(23)里菜の姉 星の王子さま(声のみ) きつね(声のみ) アニメのナレーター(声のみ) ラジオの声(声のみ) ==   ○箱根・仙石原すすき草原    大山雄也(20)、葉月里菜(20)、すすき草原を歩いている。 里菜「ねえ、宿にまだ着かないの?」 雄也「里菜がこんな果てまで来たいって言うから。あと十分くらいじゃない?」    雄也、スマホを取り出して答える。 里菜「だって、星の王子さまミュージアムがあるから」 雄也「演劇部の公演、星の王子さまのきつね役だっけ」    里菜、立ち止まって息を吸うと、芝居がかった大きな声で言う。 里菜「『君は黄金色の髪をしているだろう。だから、君がぼくを飼いならしたら、とっても素敵なことになるんだ。黄金色の麦を見ると、ぼくは君を思い出すようになるからね。そして、ぼくは麦畑を吹き渡る風も好きになる……』」 雄也「きつねの台詞?」 里菜「うん。王子さまにきつねが友達になろうって誘う時の台詞だよ。麦畑ってこんな感じかな?」    すすきを手にして穂をつかむ里菜。 雄也「日本だとあまり見ないよね」 雄也、手にしたスマホで里菜の写真を撮影しようとする。撮影の間、雄也を見る里菜。撮影が終わる。 雄也「うわ、めっちゃブスに撮れた」 里菜「はあ? 最悪! 彼女のことブスとか言うな」    里菜、ふくれっ面になる。 雄也「その顔はもっとブス」    里菜、雄也に向けて舌を出すと、横を向いてすすきに目をやる。 里菜「雄也くんが一生、すすきを見たら若くて綺麗な私を思い出す呪いにかかりますように!」 雄也「何言ってんの。里菜は別に金髪じゃないし」    不敵に微笑む里菜。 里菜「雄也くんは、十年後に今言ったことを後悔しながら思い出すといいよ」 雄也「何それ?」    里菜の笑い声。 ○大山家・リビング(夜)    大山愛(10)、テレビを見ている。その両隣に雄也(40)、大山翔子(38)が座っている。テレビでは、秋の行楽特集で仙石原すすき草原が写っている。 愛「お母さん、私ここ行きたい!」 翔子「あら、すすきが好きなんて渋いわね。お父さん、今度の連休とかどうかしら?」    翔子と愛、雄也の顔を見る。画面を食い入るように見ている雄也。 翔子「お父さん?」    雄也、翔子に声をかけられて我に返る。 雄也「え、何?」 翔子「愛が仙石原に行きたいって。今度の連休とかどう?」    眉をひそめる雄也。 雄也「……ごめん、愛。今度の連休はお仕事になりそうなんだ」 愛「えー、またあ」    残念そうな声を出す愛。 翔子「それじゃあ仕方ないわねえ。愛、またお父さんがお休みを取れる日にしましょ」    愛、不満げにテレビを見始める。画面は温泉になっている。 愛「温泉も行きたいなー」    雄也、ため息をつく。 ○大山家・雄也と翔子の寝室(夜)    パジャマ姿の雄也、頬杖をつきながらパソコンで『星の王子さま』のアニメを再生している。王子さまがきつねと向き合っている。 アニメのナレーション「でも、やがて王子さまが出発する日がやってきました」 きつね「ああ、悲しいなあ……。涙が出そうだ」 王子さま「友だちになったって、ちっともいいことなんかなかったんだ」 きつね「そんなことないさ。黄金色の麦を見て、ぼくは君を思い出すようになったんだからね」    雄也、ぼんやりと呟く。 雄也「思い出すのは、いいことかなあ?」    寝室のドアが開いて、翔子が入ってくる。急いでパソコンを閉じる雄也。 翔子「あらあなた、まだ寝てなかったの?」    雄也、翔子を振り返って微笑む。 雄也「いや、もう寝ようと思っていたとこ」 ○病院・廊下(夜)    救急車のサイレンが鳴っている。病院の廊下で、葉月有沙(23)、泣きながら立っている。足音が鳴り響いて、雄也が現れる。 雄也「有沙さん、里菜は?」    有沙、首を振る。 有沙「さっき、息を引き取って……」 雄也「嘘だろ、ねえ有沙さん! ねえ!」    有沙、涙声で声が震えて喋れない。雄也、顔を引きつらせる。 雄也「里菜の病室、ここだろ? ねえ、有沙さん、里菜に会わせて!」    扉の前に立って入ろうとする雄也を防ごうとする有沙。 有沙「雄也くんは、だめ。里菜が、会いたくないって」 雄也「有沙さん、なんで教えてくれなかったの! 里菜がこんなに体調が悪いって!」 有沙「だって、雄也くんには綺麗な里菜だけ覚えておいてほしいって、里菜が」    雄也、扉に向かって怒鳴る。 雄也「里菜あ! いつまで見た目ばっか気にしてるつもりだよ! 俺に顔を見せろよ!」    救急車の音が止まって、静寂が訪れる。 ○雄也の車・中    秋晴れの中、雄也、一人で車を運転している。車内でラジオがかかっている。 ラジオの声「連休初日の高速道の混雑は……」    雄也、車を停車させ、ラジオが止まる。 雄也「愛、パパが一人ですすき草原に来たって知ったら怒るかなあ。さすがにレンタカーをこっそり借りたのは、やりすぎだよな」    雄也、車から降りて呟く。    小田原PAの看板。駐車場の向こうにすすきが数本揺れている。 ○小田原パーキングエリア内・カフェ    ガラス貼りの窓際に座り、『星の王子さま』を読んでいる雄也。その前を子供が駆けていき、その後ろを両親が追いかけていく。 ○雄也の車・中    雄也、ドアを閉めて乗り込み発車する。 ○雄也の車・中    窓から山の風景が見えている。 里菜の声「『友だちになったって、ちっともいいことなんかなかったんだ』」    雄也、驚いて助手席を振り返る。里菜(20)が座っている。 雄也「里菜っ?」 里菜「あっ危ない、ほらちゃんと前見てよ。もう雄也くんってうっかりなんだから」    雄也、慌てて前を見て、しばらく黙って運転を立て直す。ラジオからは「いつか王子様が」が流れている。    里菜、運転する雄也の薬指に目をやる。 里菜「結婚したんだね」    雄也、納得のいかない表情のまま、運転を続けている。 雄也「うん、まあ」 里菜「子供もいるの?」 雄也「まあ、もう四十歳だし」 里菜「四十歳かあ……おじさんだねえ」 雄也「うん、もうおじさんだよ。もう徹夜できないし、昔の服は入らないし」    里菜の弾けるような笑い声。 里菜「雄也くんは里菜のこと忘れちゃった?」 雄也「本当に忘れたらさ、今こんなふうにお前と話してたりはしないんじゃないの。お前が変な呪いをかけるからさ。俺はもう二十年も経ったのに、すすきを見るのも嫌だ」 里菜「じゃあ成功したかなあ」 雄也「だよなあ。お前は成功したよ。なあ、里菜。俺にはさあ、もう若くて綺麗な女の子はいらないよ。だから、忘れてもいいかなあ」    里菜のため息。 里菜「悲しかった?」 雄也「『ああ、悲しいなあ……涙が出そうだ』」 里菜「友だちになったって、ちっともいいことなんかなかった?」 雄也「そうじゃない。悲しいのは、いいことばっかりだったからだよ」 里菜「仕方ないなあ」    雄也が助手席に目をやると、誰も座っていない。ラジオの音量を上げる雄也。 ○箱根・仙石原すすき草原    雄也、すすき草原の間を歩いている。 里菜の声「『友だちになったって、ちっともいいことなんかなかったんだ』」    雄也、立ち止まって首を傾げ、風が揺らすすすきの音を聞く。 雄也「ごめんね」    風がざわざわと鳴っている。雄也、顔を上げると、ふたたびすすき草原を歩き始める。 終 引用 浅岡夢二訳、サン=テグジュペリ『星の王子さま』ゴマブックス、2013
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