Mothers(シナリオ)

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Mothers(シナリオ)

シナリオの課題、親子です。 === Mothers ===    人 物 古川美帆(40)検察官(検事) 寒河江愛梨(45)パート 多田えりな(25)検察事務官 大城緑(29)湾岸警察署職員 ============ ○東京地方検察庁・執務室    窓の外は雨が降っている。ダークスーツの胸元に検察官バッジをつけた古川美帆(40)、窓を背に、パソコンのある大きな机の前に座っている。その机の横の机の前に座っている多田えりな(25)。紺色のスーツに、検察事務官バッジをつけている。 えりな「古川検事。次の被疑者の資料です」    えりな、立ち上がってプリンターから出てくる書類を取り上げると、半分手渡し、残った書類を読み上げる。 えりな「被疑者の名前は寒河江愛梨、四十五歳。スーパーのパートに一日三時間行っています。親の介護で仕事を辞めたようですね。被害者の名前は寒河江節子、七十五歳。被疑者の実母です。母親は脳に障害があり、常に介護が必要な状態でした。母親の痰の吸引を定期的にしなければいけないところ、朝外出し夜まで帰宅せず、それを怠って被害者を死に至らしめたケースです」 美帆「過失致死か、殺人かっていうところか」 えりな「いつもやっていることなのに、一日中ずっとやらないなんて、普通、意図的だとしか思えませんけど」 美帆「うちらは普通じゃない人たちを相手にしてるんだから、一般論はやめなさい。同意殺人の線もあるし」 えりな「同意殺人、ですか」 美帆「多田あ、わかってる? 親が殺してくれって頼んだってことだよ」 えりな「あっはい」    美帆、疑わしげにえりなを見てため息をつく。 美帆「まあいいや。それで、他に家族は?」 えりな「家にはふたりだけですね。両親は早くに離婚、結婚した兄がいますが、ずっと前に家を出ているようで、愛梨は独身です」 美帆「ふたりきりかー。親子仲は?」 えりな「近所の人の話によると、悪くなかったみたいですね。車椅子で一緒に散歩に出かけるところを毎日のように目撃されてます。その時も、愛梨は思うように話せない母親に向かって穏やかに対応していたようです」 美帆「穏やかにねえ。まあ人前だけってこともあるけど。愛梨ちゃんの評判は?」 えりな「いつもニコニコしていて、子供のような人」    美帆、眉だけ上げて皮肉な表情。 美帆「子供のような、ね。四十過ぎて」    電話が鳴る。えりなが取り上げる。 えりな「はい、古川検事席です。はい、いらっしゃいます。古川検事、保育園からお電話です」    えりな、電話を保留にすると、美帆を見る。受話器を渡された美帆、明るいトーンの声で応答する。 美帆「はい、お世話になっておりますー。ええ、唯が? それで、病院は? 寝てる? ああもう病院から帰ってきてるんですね。はい、お手数をおかけして申し訳ありません。なるべく早く伺います」 電話に向かって頭を下げている美帆。電話が終わると、机の上の携帯電話を取り上げ、電話をかける。 美帆「往人さん? 唯が保育園で怪我したらしいの。ええ、無理? こっちだって無理なんだけど」    ため息をつく美帆。嫌そうな表情をして、電話をかける。 美帆「あ、お母さん? 唯が保育園で怪我したらしいの。あーわかってるって、でも今手が離せないの、うん。もう、今仕事の話をしてもしょうがないでしょ。今さら転職する年でもないんだし。私もなるべく早く帰れるようにするから。あーはいはい」    美帆、机の上に雑に携帯電話を投げる。 美帆「全く、古いんだから」    心配そうな表情のえりな。 えりな「唯ちゃん、大丈夫ですか?」 美帆「あー、なんか頭打ったって。でももう病院行って寝てるらしいし、うちの親が迎えに行くから」    ドアがノックされて、制服を着た大城緑(29)が顔を出す。 緑「お世話になります。湾岸警察署ですが、よろしいでしょうか」 えりな「お世話になります。寒河江愛梨ですね。どうぞ」    手錠をかけられた寒河江愛梨(45)、緑に促されて部屋に入ってくる。 美帆「寒河江愛梨さん?」    愛梨、頷く。 美帆「座ってください」    愛梨、美帆の机の前にある椅子に座る。緑、手錠の紐を椅子に結ぶと、その背後に立つ。 美帆「寒河江さん、なんで今ここにいるのか、ご自分の言葉で説明してもらえます?」 えりな、自席に座り、パソコンを打ち出す。 愛梨「私が母を殺したって、検事さんもおまわりさんも思ってるからですね」 美帆「その時のお話を、寒河江さん自身の言葉で、最初から聞きたいんですよ。お母さんのことはどう思ってたんですか」 愛梨「お母さん。母のことは、尊敬してました。父と離婚してから、女手ひとつで私を育ててくれて。男の人には頼らないって。私にも、男を頼らないでいいように、仕事を絶対に持てと言っていました」 美帆「じゃあ、子供のころ、あんまりお母さんと一緒にいられなかった?」 愛梨「そうですね。でも、そういうものだと思っていました」 美帆「憧れていたお母さんに介護が必要になってショックでした? 介護は辛かった?」 愛梨「ショック? そうですね。なんだか、それがあの今までの母だとは信じられなかったです。でも、初めてこんなに母と一緒にいられて、嬉しい気持ちもありました。今までの人生で初めて、私が母を独占して」 美帆「じゃあこのままずっと、介護していってもいいなあと思っていましたか?」 愛梨「そうですね。そういう気持ちはありました。私、介護のために仕事を辞めましたけど、本当はあんまり仕事をすることに向いてなかったんです。だから、うちにいて、家事と介護だけの生活も、嫌ではありませんでした」 美帆「じゃあ、どうして事件の日はそうしなかったんですか?」 愛梨「母が言ったんです。愛ちゃん、もういいよって」 美帆「もういいよ? 寒河江さんはそれをどういう意味だと思ったんですか?」 愛梨「そのままですよ。母は私が仕事を辞めて、私が自分の人生の全てを彼女に使うのが耐えられなかったんです。私はそれでもよかったんですけど」 美帆「じゃあ寒河江さんはあの日、お母さんの意思を尊重して家に帰らなかったんですか」 愛梨「そう。……ううん、ちょっと違うかもしれません。母は私が自分の人生を犠牲にすることに耐えられないって言っていた。でも、私は、母が本当に心配しているのは私のことではないなって気づいてしまったんです」 美帆「あなたのことではない?」 愛梨「ええ。母は私に面倒をみられることに耐えられなかったんです。男にも頼りたくなかった母ですから」 美帆「ああ……、それで」 愛梨「それに、本当はあの人は私に嫉妬していたんだと」 美帆「あなたに?」 愛梨「恋人も、家族もいない私ですけど。母はよく、あなたはいいわねって言っていました。あの人は私が、誰の責任を取る必要なく、ふらふらしていたのが羨ましかったんだと。だって、本当に私のためにもういいよって思うなら、自殺したはずです。あんな風に、私に選択肢を選ばせるようにするのは、私に不幸になってほしかったから」    声をつまらせて、静かに泣き出す愛梨。 美帆「それで、あなたは自分の不幸を望んだお母さんを恨んで、殺したんですか?」    パソコンのキーボードの音が止まる。雨の音。 愛梨「とんでもない。私は大好きな母の望みを叶えるために、殺したんです」 × × ×    パソコンのキーボードの音。美帆とえりなのみがいる。キーボードの音が止まり、プリンターが動き出す。美帆、立ち上がって、プリントされた紙を取り上げて目を通し、えりなに手渡す。 えりな「寒河江は自分で言うように、本当に実母のことを愛していたんでしょうか。それとも憎んで?」 美帆「どうかな。彼女が本当に母親の気持ちを理解していたのかも、もう被害者にしかわからない」    壁時計に目をやる美帆。午後三時半を指している。 美帆「多田、時間休取ってもいいかな」 えりな「え、時間休って、何時間ですか」 美帆「夕方には戻るわ。ちょっと唯の顔見てくるだけだから」    微笑むえりな。 えりな「そうしてください。唯ちゃんも安心しますよ。でも明日の公判の準備がありますから、必ず戻ってきてくださいね!」    席の後ろのロッカーからコートと鞄を取り出して、えりなに手を振る美帆。検察官バッジが、美帆の羽織ったコートの下に隠れる。
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