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あなたが迎えに来る前に
シナリオの課題「ヒモ」です。
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人 物
東山(宮城)真弓(26)(32)(33)法律事務所スタッフ・パラリーガル)
東山隆(23)(29)(30)旅行会社
勤務 無職
田島裕太(28)旅行ガイド
大野陽介(24)観光客
柴田優(23)観光客 陽介の恋人
大学生(19)(テレビ映像のみ)
テレビのナレーター(声のみ)
安倍首相(テレビ映像のみ)
菅首相(テレビ映像のみ)
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○東山家・リビング(夜)
テレビに記者会見をしている阿部首相が写っている。テレビ台の上に、タイのエメラルド寺院の前にいる東山真弓(26)と笑顔の東山隆(23)の写真。エプロン姿の真弓(32)、ソファに座ってテレビを見ている。
安倍首相「緊急事態宣言を発出することとい
たします」
扉が開く音。真弓、立ち上がる。
真弓「おかえりなさい」
玄関のところで下を向いたまま立っているスーツ姿の隆(29)。
真弓「隆くん、どうしたの?」
隆、小さな掠れ声で言う。
隆「仕事、クビになった」
真弓、びっくりした表情で隆を見る。
隆、下を向いたままボソボソと話す。
隆「もう、旅行業界は瀕死だよ。ロックダウンとか言ってるのに、旅行なんかするやついないだろ」
真弓、一瞬無表情になるが、無理に笑顔を作る。
真弓「隆くん、しばらくはゆっくり休んだらいいよ。今まで大変だったし。神様がくれた休暇だと思って。しばらくは私一人でも家のローンはなんとかなるよ」
隆、顔を上げる。
隆「ありがとう、真弓さん。僕の奥さんは最高の奥さんだな」
微笑む真弓。
○東山家・リビング(夜)
テレビに記者会見をしている菅首相が写っている。ローテーブルに封の切られた封筒が置いてある。隆、ソファに座ってテレビを見ている。
菅首相の声「今日から緊急事態宣言が発出されます」
真弓の声「ただいまー」
隆、封筒を慌てて、テーブルの上に置いてあった就職情報誌に挟む。ドアが開いてスーツの上にダウンを着た真弓が入ってくる。
隆「おかえり、真弓さん」
真弓「隆くん、面接の結果そろそろ来てたんじゃない? どうだった?」
隆「まだだよ。それより、また緊急事態宣言が発出されたよ」
真弓「緊急緊急っていつも言われてるとだんだん日常になっちゃうのよねえ。ねえ隆くん、すぐ返事がこないってことは、もう諦めた方がいいんじゃない? のんびり待ってないで、数打たないと」
隆「こんな時期だしさあ。焦ってブラック企業に入っちゃっても続かないし、本当に働きたいところを、じっくり探したいなあ」
真弓、無表情になる。手を伸ばしてテレビ台の上の写真を取り上げて、無理に微笑む。
真弓「そうねえ。この時の隆くん、本当に格好良かったよね。うん、大丈夫、隆くんは何か国語もペラペラなんだし、絶対いい会社が見つかるよ」
隆「ありがとう。真弓は本当に素敵な奥さんだな。バンコクのエメラルド寺院かあ。懐かしいね。いい仕事が見つかるように、エメラルドブッダにお祈りするかあ」
○(イメージ)写真の中
タイのエメラルド寺院の中。手ぶらの真弓(26)、半べそをかいている。
真弓に近づく隆(23)。
隆の声「どうしました?」
真弓、顔を上げて隆を見る。ほっとした表情。
真弓「あっあの、バッグを盗まれて…パスポートが入ってたんです」
隆「それは困りましたね。現地警察と大使館に連絡しましょう」
携帯電話を取り出すと、英語で話し出す隆。真弓、それを見ている。
隆「大丈夫ですよ。パスポートは帰国用のものを作成してもらえるそうです。お金は諦めるしかないかもしれませんが。あとで、一緒に大使館に行きましょう」
真弓「良かった! ありがとうございます。すごいですね!」
隆、微笑む。
隆「ネタばらしをすると、旅行会社で働いているんです。こういうトラブル解決はお手のもので」
真弓「そうなんですか。でもすごいです」
隆「大使館は五時までやってますから、せっかくだからしばらくここを観光してから行きましょう。ここに祀られているエメラルドブッタについては知っていますか」
真弓「いえ、来る前は仕事が忙しくて、全然事前準備できてなくて」
隆「こちらの人は、エメラルドブッタに祈れば金運が上がると信じているんです。ここで祈ればあなたのお金も戻ってくるかも。あの、えっと」
隆、ちらりと真弓を見る。
真弓「あ、宮城です。宮城真弓。この度はお世話になります」
隆「僕は、東山といいます。よろしく」
微笑み合う二人。
○東山家・リビング・テレビ内(夜)
「再びの緊急事態宣言」のテロップの下に大学生(19)が映り、街頭インタビューされている。
大学生「何度も緊急事態って言われてもね。今まで何もやってなかったのに、何急に大変になったみたいな話してるんだって感じです。今までと何も変わっていないのに」
テレビ画面が京都の風景に変わる。
ナレーターの声「次は、京都特集です」
○東山家・リビング(夜)
ジャージ姿で無精髭の隆、漫画雑誌を手にソファに座ってテレビを見ている。真弓、その隣でレシートを見てパソコンに入力してため息をつく。
真弓「ねえ、隆くん。こないだ面接したところどうだった?」
隆、答えないでテレビを見ている。テレビに平等院が映る。
隆「京都、いいなあ。そうだ、次の結婚記念日に京都に行こうよ。京都はさ、僕が初めてガイドをしたところなんだ。お客さんがまた東山さんにお願いしたいって言って」
真弓、無言でレシートをパソコンに入力している。
隆「ねえ、真弓さんってば」
真弓、しばらくキーボードを叩いてから、顔を上げる。
真弓「隆くん。お金はどうするの?」
隆「真弓さんの稼ぎなら、京都くらい大したことないよね? せっかくの記念日だし」
真弓、ため息をつく。気づかずテレビに目をやる隆。
○京都・平等院鳳凰堂・正面(夕)
真弓と隆、鳳凰堂の正面の池の前で鳳凰堂を眺めている。アウトドアウェアの大野陽介(24)と柴田優(23)が、真弓と隆の隣で田島裕太(28)から説明を受けている。
田島「平等院が建てられた時代は、死後に極楽往生を願う浄土信仰が広く流行していました。鳳凰堂の中には阿弥陀如来の坐像があります。浄土信仰では、死んだら阿弥陀如来が一番会いたい人の姿で迎えに来ると信じられていました」
優「優、陽くんに迎えに来てもらいたいな」
隣で聞いていた隆、笑顔で真弓を見る。
隆「死んだら会いたい人かあ。僕が死んだらやっぱり真弓さんだなあ」
真弓、真剣な顔で隆を見つめる。
真弓「ねえ、隆くん」
からすの鳴き声。
真弓「あのね、離婚しましょう」
優「ガイドさん、写真撮ってください」
田島「はーい。近づいてくださーい。いいですねえ、ラブラブでー」
大野の腕に抱きついている優。
隆「何? 真弓さん、急にどうしたの?」
驚いた表情の隆。
真弓「ずっと、考えてたんだけど。今の話を聞いて思ったの。私、隆くんに死んだら迎えに来てほしくないなって」
隆「なんでそんなこと言うの?」
真弓「あなたが就職するのを待っているのに、うんざりしたの」
隆「え、だって真弓さん。僕にしばらくゆっくりしていいって言ってくれたよね?」
真弓「あの頃の私とは変わったの」
隆「そんな」
真弓「隆くん、気づいてる? 変わったのは隆くんが先なのよ。隆くんが仕事を辞めてからずっと、私は初めて会った頃の隆くんに戻ってもらいたいと思ってた。でも、気づいたの。それは私の勝手な願望だって」
隆「僕は変わってないよ。今はコロナで不景気だからこんな感じになっているだけで」
真弓「一年以上もこうなっているなら、それはもうあなたなのよ。私はこのまま実家に帰ります」
踵を返して入口の方へ去っていく真弓。呆然と真弓を見ている隆。携帯電話を見ていた優が声を上げる。
優「また緊急事態宣言延長だって!」
大野「もうこんなに続いてたら、緊急事態じゃなくて普通事態だよなあ」
笑い合う大野と優は手をつないで、田島と一緒に、順路に沿って左側に歩いていく。一人、残される隆。
夕闇が濃くなっていく。
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