Happy Happy Valentine’s Day (番外編)

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Happy Happy Valentine’s Day (番外編)

今回のSSは自シリーズのバレンタイン番外編。 本編はkindleにあります。 16歳差の元ヤンキー×探偵です。 冬吾が卒業してフルタイムの仕事を始めた2年目くらいかな。 =======  その日は朝からそわそわしていた。  一応事務所は開けていたけれど、やってきたのは学生時代からの友人の三条だけだった。このタイミングで資料を読もうとしていたのに、全然頭に入らない。  いい年してどうかと思うが、恋人にバレンタインの日の夕方には迎えに行くと言われたら、やっぱり気にはなってしまうのだ。  付き合い始めた最初のバレンタインで、あいつははたから見てもわかるくらいにチョコレートがもらえるか気にしていたっけ。  随分と年の離れた年下の男にバレンタインチョコレートを買うなんて、俺には初めてのことで全くどうしていいのかわからなかった。あいつは甘い方が好きだしホワイトチョコレートかなと思ってシロクマの形のものを買って帰ると、彼は随分目をキラキラさせて長い間眺めていたものだ。小さな子供みたいでかわいくて、いじらしかった。  その時の箱がまだあいつの机の中にしまわれているのを、その中に俺が誕生日とかクリスマスとか、いろんなときに買ってやったプレゼントのリボンやら包装紙やらが丁寧にしまわれているのを、俺は知っている。 「あいつ、何時に来るんだ?」  何度も俺が時計に目をやっているのに気づいたのだろう。三条が物言いたげな眼差しで俺を見た。 「いつも五時くらいには来るけど」 「それで、いてもたってもいられないんだな、おまえは」  とんとんと、三条の指が机の上に置いてあった小さな箱を軽く叩く。今年は羊の形のやつだけど、はたしてあいつに気に入ってもらえるやら。 「こういうイベント事でなにか画策しているあいつのことを考えると、無事うまくいくのか心配で……」 「運動会を見守る父親か」  そういえば行こうと思っていたらしいレストランが閉まっていて、あいつはあとでぐずぐず泣いていたこともあったなあと思う。それで、前もって予約すればいいんだって教えたっけ。 「修二さんっ、ごめんっ」  六時過ぎ。そんな声とともに、恋人が事務所に入ってきた。  急いできたのだろう、息が荒い。  三条には挨拶もせずに、俺のところまで駆け寄ってきた。俺はソファから立って彼を迎える。 「冬吾、どうした?」  予想外のことが起きるとだいたい冬吾の方がパニックになっているから、俺はいつもゆったりと構えるようにしている。 「あのさ、今日夜番のやつがインフルエンザになっちゃって、俺代わりに入ることになったんだ」  なんだ、仕事か。  一瞬残念な気持ちがよぎったけれど、それは顔に出さないようにして、俺はぽんぽんと彼の頭を叩いた。 「大丈夫、仕事が一番大事だよ」 「俺今日楽しみにしてたのに、すっごい残念! 修二さんもだろ?」 「まあな」  俺が曖昧に肯定すると、恋人は満足したような顔をした。 「ね、修二さん、目を閉じて」 「なに?」 「あげたいものがあるから」  チョコレートだろう。言われるままに俺は目を閉じた。 「はい、いいよ」  言われて目を開けると、目の前にラッピングされた一本の赤い薔薇が差し出されていた。ご丁寧にI love youと書いてあるカード付きだ。 「愛してるよ、修二さん。これからもよろしく」  低い声でそんなことを囁かれて、額にキスが落ちてきた。人前でそんなことをするなと普段なら怒るところだが、スマートさにびっくりしてすぐ声が出ない。  目が合うと、ふふっと小さく冬吾が笑った。 「びっくりした?」 「……びっくりした……」 「前こういうやつくれたことあったじゃん、外国ではこうするんだって!」 「そうだっけ?」  そんな年もあったかもしれない。少なくとも俺は、こんな気障な渡し方はしなかったと思うのだが。 「大好き」  そう囁かれて顎を持ち上げられて、短いキスに応える。あれ、なにか忘れているような……。  後ろから咳払いの音がした。……三条だ。 「三条さーん。バレンタインの夜くらいこんなとこで油売ってないで、さっさとおうち帰らないと奥さんに愛想尽かされちゃうんじゃないの?」  俺を抱き寄せたまま薄く微笑んでそんなことを言う冬吾に、三条も驚いているようだ。昔は三条を見たらすぐ喧嘩をしていたのに。 「ああ、俺も渡すものがある」  俺はそう言って冬吾の腕から逃れると、机の上にあった箱を取り上げた。 「はい、チョコレート」 「ありがと、修二さん!」  冬吾は満面の笑みで箱に口づけると、ちらりと時計を見た。 「あ、もう行かなきゃ。またね、修二さん、三条さん」  俺にウィンクをよこしながら、手を振って冬吾は事務所を出ていく。 「……若さっていいな。なあ、今の顔見たか?」  しばらくして、三条がそう言って俺を見た。 「完全におまえに愛されてる男の余裕を感じたぞ。昔は俺を見たら帰れだの触るなだのキャンキャンうるさかったのに……」 「言うな……恥ずかしい」  二十年来の友人に色々見られた恥ずかしさが湧き上がってくる。俺はソファに深く沈みこんで目を閉じた。左手で顔を覆う。  しかし三条には俺を解放してくれる気はないらしい。 「おまえが心配してやることないんじゃないか? シュージさん?」  俺を呼ぶときの冬吾の声色を真似て、三条が言った。恥ずかしさで耳まで熱い。 「ああ、そっちの顔の方がかわいいな。おまえは心配なんかしないで、そんなふうにあいつにときめいてやっていればいいんじゃないか?」  言われなくても俺もそんな気がしていたところだ。あいつはもう、デートが予定どおりにいかなかったからってぐずぐず泣いたりする子供じゃないんだな。  だけど、三条の言い方は恥ずかしい。 「ああもう、冬吾の言うとおりおまえも帰れ……」 「はいはい」  彼は立ち上がってコートを手にした。 「俺もあいつのアドバイスどおり、奥さんに愛を伝えに帰るかな。ハッピーバレンタイン!」  三条を追い出すと、俺はそっと薔薇のパッケージを剥がした。いつか、リサイクルごみの日に捨てようと思って洗ったまま忘れていたビール瓶に水を入れて薔薇をいける。  こんな瓶の中でも大きな薔薇の花は一本で充分に華やかだ。  だけど、今日はこれが似合う花瓶でも買って帰ろうかな。綺麗な花瓶に入っているのを見たら、あいつはまた喜んでくれるだろう。あいつが喜んでくれたら、俺だって一番幸せだ。  そんなことを考えながら、俺も事務所を後にした。 終
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