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~目覚め~
ぱちり。と目を開ける。
息を殺して周りの様子を伺う。暗闇にぼんやりと浮かぶ影に目をこらし、必死で音を拾う。
スっスっと何かが動く気配。誰かがいる。
自分では無い存在がすぐ傍に。
身を固めて、息を殺して、暗闇をジッと見つめる。
大丈夫だ。まだ向こうはこちらに気がついていない。
こうしてジッとしていればどこかへと移動するだろう。何しろここには何も無い。ここに留まる理由なんてありはしないのだから。
大丈夫。大丈夫。
自分に言い聞かせて、ゆっくりと目を閉じる。
ドク、ドク、ドク。自分の心臓が大きく響いているのに気が付きさらに身を固める。
こんなに響いてしまっていてはこの静かな空間ではきっと聞こえてしまう。
そう思った途端、スっと気配が動きを止めた。
呼吸が、浅く荒くなるのを必死で抑える。目を閉じてしまったのは失敗だ。のっぺりとした黒いやつが暗闇の中からこちらをジーッとこちらを見ているような気がして目を開くことが出来ない。
どうしよう。どうしよう。
目を開くことも、そこから動くことも怖くて出来なくなってしまった。軽いパニック状態になっているとスっとまたも気配が動き出す。ゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいている。
どうして?なんで?逃げる?でも、
「こんにちは。そこに誰かいますか?」
唐突に響いてきたその声は幼く、高い。
まるで少女のように聞こえた。
「ねぇ、そこに誰かいるんでしょう?」
何も答えない僕に少女の声はもう一度声をかけてきた。
騙されてはいけない。声が少女だからといって本当にそうかなんて分からない。なにせここは暗闇だ。僕はゆっくりと目を開ける。
やはり、目を凝らしても微かに影が見えるだけの真っ暗闇だ。僕のことなんて見えるわけが無い。
「ねぇ、私の声聞こえてる?」
そもそも、こんなところに少女がたった1人で来ているのがおかしい。いつどこに何が潜んでいるのかも分からないこの場所に。
だから僕は何時ものように目の前の声が諦めてくれるのをひたすらに待った。
「絶対、誰かいるのに。もしかして喋れないの?」
しかし、目の前の少女の声はなかなか諦めてくれない。なんだかゴソゴソと探るような音までし始めて、これは僕を探しているんだと手足をいっそう縮ませる。
僕が見えない手から逃げるように体を小さくすることに夢中になっていると、カチッと小さな音がした。
続いて辺りがボゥと光り出す。
今の今まで僕をジーッと見ていた黒いなにかも、僕に向かって伸びていたたくさんの手も柔らかな光の中に消えていった。
「あ、やっぱりいるじゃない。こわかったー。」
その代わり僕の目の前に現れたのは女の子だ。
「あのね、真っ暗の中に黙っていられると怖いのよ?だから、こんにちはって言ったらこんにちはって返さなくちゃ。」
ぼんやりと光る何かを片手に僕にぷりぷりと怒る女の子。
「それ、なに?」
僕がぼんやりと光るそれを指さすと女の子はにっこりと笑った。
「タイヨウの欠片よ」
「タイヨウ?」
「知らないの?大昔に世界を暖かく明るく照らしていた空に浮かぶ玉のこと。おばあちゃんがよく話してくれたわ。昔はアサとヨルがあったのよって。アサは明るくて、ヨルは暗いの。」
「今がアサ?明るくて、暖かい。怖いものも全部どこかにいっちゃった。アサってすごいね。」
女の子の持っているタイヨウの欠片から暖かく優しい何かが溢れている。
それにもっと触れたくて僕が手を伸ばすと「ダメよ。」と言って女の子はタイヨウの欠片を僕から遠ざけてしまう。
「盗ったりしないよ。ちょっと触るだけだ。近くで見るだけ。」
どうしてもそれに近づきたくて少女にお願いしてみる。
「ダメよ。触るのも、近くで見るのもダメ。」
けれど、女の子は手を伸ばす僕を警戒してタイヨウの欠片を僕からさらに遠ざけてしまった。
「あ、やだ。持って行かないで。ここは寒くて、恐いんだ。」
急に遠ざかる明かりと温もりに僕はとても恐ろしくなった。どうしようもない不安と恐怖に涙がポロポロと溢れてくる。
「泣かないで。意地悪をしたんじゃないわ。」
慌てたように僕に近づいてきた少女に僕はムッとする。
「意地悪じゃないか。どうしてダメなの?とらないって言ってるのに。キミだけずるいよ。」
流れる涙を止められないまま少女に訴えかけると少女は「そうじゃないわ。」と僕の隣に座った。
「タイヨウは明るくて暖かくて優しいけれど、触ると溶けるし覗くと目が焼けてしまうの。」
「え。」
少女の話を聞いて僕は慌てて距離をとる。
「ふふふ。大丈夫よ。このカゴに入れて置いて、持ち手のところ以外を触らなければ何ともないわ。」
そう言って少女は可笑しそうに笑う。
「・・・本当に?」
「本当よ。だって私は大丈夫じゃない。」
少女が立ち上がり楽しそうにくるくると踊るのを見て僕はようやく安心した。
そんな僕の様子を見て
「それにしたって、あなたはずいぶん怖がりなのね。そんなに怖がりなのに、どうしてこんなところに1人でいるの?」
少女が尋ねてきた。
「こわいからだよ。」
僕は答える。
「こわいからここにジッとしているんだ。なにしろここは真っ暗で、どこに何があるか分からないんだから。」
「でもそれじゃあ、ずっと怖いままだわ。」
少女の言葉に僕は目をパチクリと瞬かせた。
確かにそうだ。怖いからジッとしていたけれどジッとしている間も僕はずっとずっとこわかった。
この少女が、タイヨウの欠片を見せてくれるまでは。
「でも、もう怖くないよ。キミが来てくれたもの。」
僕がにっこりと笑って少女にそう言うと、少女は困ったように
「でも、私そろそろ行かなくちゃ。」
と言った。
「どうして?ここにいたらいいよ。」
少女を行かせたくなくてそう言ってみたけれど、少女は困った顔のままだ。
「ここにいたら、そうしたら・・・えっと、・・・えっと、・・・どうしよう。僕、ずっとここにジッとしていただけだからここのことよく知らない。」
少女に残って欲しくて何とか引き留めようといっぱい考えたけれど何も出てこなくて、僕はまたポロポロと涙を流す。
「行かないでよ。キミがいなくなったら僕はまた、真っ暗の中でジッとしてなくちゃいけない。」
少女はそんな僕の事を悲しそうに見つめて、それから「こめんね。」と言った。
「どうして行くの?」
諦められない僕が再度少女に話しかける。
「タイヨウさんに欠片を返しに行くためよ。」
少女の答えに僕はとてもびっくりしてしまう。
「ダメだよ!そしたらキミもジッとしていなくちゃいけなくなるよ。」
「欠片がないからタイヨウさんは空に浮かべなくてアサが来ないのよ。アサが来ればジッとしていなくていいもの。」
「アサならもう来てるじゃないか。」
「ここだけじゃダメよ。欠片は小さいからここだけアサだけど、タイヨウが空に浮けば全部がアサになるの。」
「全部って、どこまで?」
「全部は全部よ?」
自信満々に当然でしょう?という感じに言った少女に僕は言葉を失ってしまう。
全部?今暗いところが全部って事だろうか?
それは、だって、そしたら、
「すごい。」
ポロリと漏れた僕の言葉に少女は
「そうよ。すごいの。」
とにっこりと笑った。
「そうか。じゃあ、行かないと行けないんだね。」
すごくすごく残念だけれど、全部がこんな素敵なアサになるならいつまでもワガママは言ってられない。
「でも、やっぱり暗いのこわいな。」
「ねぇ、あなたも一緒に来ない?」
僕がしょんぼりと呟くのと同時に少女はそう言った。
「ここにいるのは、こわいからでしょう?なら、こわくなければあなたはどこにでも行けるわ。」
どこかに行くなんて、そんなこと考えたこと無かった。だって、僕はずっとこわくて。だから、ジッと。ただジッとして怖いのが無くなるまで待っていたから。
「僕も、一緒に行っていいの?」
期待を込めて恐る恐る少女に尋ねる。
「もちろん!!」
少女はにっこりと大きな声で応えてくれた。それから
「本当はね、私もちょっとこわかったの。欠片はずっとアサじゃないから。」
と小さな声で教えてくれた。
「ずっとじゃないの?」
「うん。アサは明るくて、ヨルは暗いの。それで、かわりばんこに来るのよ。だからヨルは真っ暗。」
真っ暗。暗いのが怖いのは僕も知っている。
「だから、アサの時一緒にタイヨウさんを探してヨルになったらこうして手を繋いで一緒にジッとするの。」
「うん。これなら、こわくないかもしれない。」
少女と繋がれた手は暖かく、まるでタイヨウの欠片みたいだ。これならきっと、暗くても1人の時よりこわくない。
「じゃあ、決まりね!一緒に行こう!!!」
少女は心底嬉しそうに笑って繋がれたままの僕の手を引っ張る。
「うん。行こう。」
僕は引っ張られるままに少女について行く。
ジッとするだけだった場所からどんどんと離れていく。
この先に何があるんだろう?どんな事がおこるだろう?
きっとジッとしていた僕の知らない事がたくさんたくさんあるんだ。
少しこわい気もするけれど、でも大丈夫。僕らはもう、1人じゃない。
少女と僕。
タイヨウに欠片を返して
2人で世界にアサを迎えるんだ。
end
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