夜行バス

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 帰省するため、夜行バスに乗った。  この時期のバスはいつも満員で、席が取れたのは運が良かった。  座席は中央付近の左窓側。  荷物は少し大きめのメッセンジャーバッグだけ。私はそれを足元に置いて座った。  しばらくして隣の座席についたのは私と同じくらいの年齢であろう女性。  彼女もまた一人らしく座席に着く前に軽く私に会釈した以外は無言のまま座る。  彼女がしているヘッドフォンから微かに漏れ聞こえる曲はかなり激しい曲調の、私が普段聞かないジャンルのものだ。  それもバスがエンジンをスタートするとかき消されてしまった。  窓の外にはポツポツとまばらな人影が行き交う。  誰もが足早に歩いていく。  やがて行く先と発車を告げるアナウンスがあるとドアが閉じ、バスが走り出す。  バスターミナルの見慣れた様子が遠ざかると窓の外の景色はすぐに高速道路の遮音板でさえぎられた。  車内も消灯され、振動する座席は暖房もあって心地よい眠りを誘う。  いつの間にか私は目を閉じていた。  どのくらい眠ったのだろうか。  バスのエンジン音は聞こえない。  どこかに停車中だろうか。  目を開くとまるで濃い霧の中にいるように視界が真っ白だった。  私は変わらず座席に座っているが、隣に座っていた女性はもちろん周りの座席も見えない。  まるで私を座席ごと取り外して霧の中に置き去りにしたかのようだ。  かすかな気配に座席脇から背後を振り返ると、霧の中から一つ二つと人影が現れた。  それは列をなして私の座席の両脇を物音一つ立てずに進んでいく。  立ち上がろうとするがシートベルトが腰を圧迫して座席に引き戻すのを感じる。  シートベルトを外そうとするが、ボタンが反応しない。  脇を通り過ぎる列の中に見覚えのある顔を見つける。  隣の席に座ったあの女性だ。  ベルトに悪戦苦闘しながら声をかけるが、彼女を含めだれ一人反応することなく前方の霧の中へ消えていってしまった。  シートベルトを外すことはできず、痛みを感じるほどに締め付ける。  霧はますます濃くなり、次第に自分の手も見えなくなってくる。  それはやがて私自身をも消してしまうほどになった。  目を開くと真っ白な壁が視界を覆う。  見回すと小さな部屋の中で様々な機械装置に囲まれたベッドに横たわっていることがわかる。壁だと思っていたのは病院の天井だった。  部屋の外から聞こえてくるニュース音声が、夜行バスの事故を伝えていた。
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