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溺れる者はわらをも掴む
ーーどうしよう。とにかく何とかしないと!
僕は焦る気持ちを抑えつつ、検索サイトで
「無権代理 表現代理 判例」
と検索する。すると、いくつかの判例がヒットした。さっそくそれらの記述に目を通し始める。
「表見代理はそもそも、権利の外観を信じた者を救済し取引の安全を図るためのもので、その点において民法109条と110条の重畳適用をするのは……」
「110条文言における『正当な理由』については、本人においての善意無過失と解し……」
「民法761条の日常家事代理権を基本代理権として権限踰越の表見代理を主張することができるかの問題について……」
……
…………
「わからん!わからーーーーーん!!!」
僕は発狂寸前の声を上げ、頭を抱えた。授業を何回もサボり毎回のように居眠りをしていたことを初めて悔やんだ。レポート作成を先延ばしにしてきたことを心の底から恥じた。このままでは単位を落としてしまうかもしれない。自業自得であり因果応報。しかし、このままでは指をくわえて待つわけにもいかない。
――こういうときに頼るべきは、友達だ!
僕はプライドも恥もかなぐり捨て、何人もの友人宛にメッセージを送った。
「民法のレポート、まだできてないんだ。知恵貸して!」
15分後。既読もつかなければ、返信もない。
さらに15分。やはり既読も返信もない。
さらに待つこと15分。事態は平行線のまま、掛け時計の秒針の音だけがカチッ、カチッと無情に時を刻んでいく。残った時間は2時間30分。いよいよ後がなくなってきた。
――どうしよう……
途方に暮れる中、何とかしなければと本棚にある書籍を片っ端から引っ張り出していく。しかし子供にも分かるぐらいにまで民法を噛み砕いた解説書など見当たるわけもなく、本棚の脇には分厚い大学の教科書、ファッション雑誌、全巻揃っている突撃の巨人軍などがごちゃまぜになって積まれていく。
――ダメだ……
とあきらめかけたその瞬間、ホチキス留めになっているA4版の書類が1冊、本棚の隅っこにあるのが目に入ってきた。手に取るとその表紙には
「青島学院大学 ゴッドORサタン一覧」
と書かれていた。ゴッドとサタンは文字通り神と悪魔を指す。単位を取りやすい教授、単位を取りにくい教授、試験やレポートの攻略法などが記されている。
――もしかしたら、ここに載っているかも!
僕は藁をもつかむような気持ちでページをめくり始めた。
「井出教授の心理学はテストがすべて4択式。問題は簡単」
「高橋教授の社会学は6割が単位を落とす。取らないのが無難」
「春山教授の西洋経済史は、レジュメさえ確保すれば授業に出なくてもAは取れる」
といった、履修と単位に関する情報がそれぞれの教授ごとに詳らかに記されている。僕は民法の船山隆裕教授の欄を探した。
「船山船山……あった!」
船山教授の欄をなんとか見つけ、その総評の欄に目を移す。その瞬間僕は目を疑った。
「マジで言ってる?これ……」
思わず僕の口から声が漏れた。無理もない。なぜならそこには、
「船山教授はゴッドオブゴッド。万が一レポートが書けないときでも、おいしいカレーライスのつくりかたを完璧に書けていれば及第点がもらえる」
という嘘か本当か分からない情報が記されていたからだ。僕の頭の中で、六法全書とカレーライスがグルグルと周り、バチバチと熱い火花を散らせる。しかし、それもあっという間に決着がついた。けたたましく鳴り響くゴングと共に勝ち名乗りを挙げたのは、カレーライスだった。
ーーこうなったらもう、やるしかない!
学校まで提出しに行く時間を考えると残り時間は2時間もなく、このまま正攻法で書こうとしても先は見えている。僕は大きく舵を切る決心をした。そうなったらやるべきことは1つ。僕はキーボードのホームポジションに指を置き、カタカタとキーを叩き始める。
「無権代理行為と表見代理行為の法的性質について、判例を踏まえた考察についてはさておき、おいしいカレーライスのつくりかたについて論じる」
ここまで書いたところで僕は電気ポットからお湯を注ぎ、ブラックコーヒーを一口すすった。カフェインを補給したところでここからが勝負。残り時間で一気に書き上げないといけない。気持ちが昂ってきた。
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