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「…なっ…尚斗さん…い、いますか」
全力疾走で事務所に辿り着いて、息を切らしながら問いかけると。
ドアの前にしゃがんでマンガを読んでたボーカルのナッキーさんが。
「ああ、さっき帰ってきたよ」
って、ドアを少し開けて。
「ナオトー、愛美ちゃん来たぜー」
大きな声で、言ってくれた。
「…どうも」
「いやいや」
…今日は、ヒマなのかな。
ドアの前から廊下の床に移動して、再びマンガを読み始めたナッキーさんを見て、そう思った。
「や。どうしたの。学校の時間じゃない?」
尚斗さんがそんなことを言いながら顔をのぞかせて。
あたしは、思わずキュンとなる。
「あの…」
「ん?」
「聞きたいことが…」
「何?」
あたしがモジモジしてると。
「ナオト、早く」
部屋の中から、女の人の声。
「カレン、ちょっとコーヒーでも飲んでて」
尚斗さんが、振り返って言った。
「……」
カレン…
「で?何?」
「あたし…」
「ん?」
体が、震える。
「あたし、尚斗さんの許嫁だよね?」
あたしが、うつむいたままそう言うと。
「え?」
尚斗さんは、すっとんきょうな声を出した。
「尚斗さん、言ったよね。あたしがいいなら、結婚しようって」
噛みしめるように言いきると。
「あー…」
尚斗さん、頭をかきながら…困った顔。
「子供の頃の話だろ?」
プツッ。
あたしの中で、何かの線が切れた。
今までしてきたことは、何?
「…愛美ちゃん?」
「そーだよね。子供の頃の話だもんね」
あたしは、冷めた目で笑ってみせる。
…バカみたい。
「彼女、呼んでるよ?早く行って」
「ああ…それだけ?」
「うん」
「気を付けて帰んなよ」
「うん」
あたしは、向きをかえて歩き出す。
ナッキーさんの前を、軽くお辞儀しながら通りすぎると。
「これでいいのかなー」
ナッキーさんが、無気力な声で言った。
「君、あれでしょ。ナオト追ってここまで来たんでしょ。それじゃ、こんなの納得いかないんじゃない?」
立ち止まったあたしは、ナッキーさんに背中向けたまま。
「…だって仕方ないじゃない。尚斗さんにとっては、子供の頃の話なんだもん」
それだけ言って…また、歩き出す。
通りに出ると、やっと涙が浮かんできた。
あたし、ばかみたい。
あたしの人生、尚斗さんのためだけだったのに。
ばかみたい…。
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