Fourth

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尚斗(なおと)さんて、あたしの許嫁なんだってね」  腕組をしてそう言うと、尚斗さんは目を丸くしたあと… 「ぷっ…」  小さく吹き出した。 「!?」 「あっ、ああ、ごめんごめん」  眉間にしわを寄せたあたしに笑いながら謝って 「でも、嫌だろ?こんなに歳の離れた許嫁なんて」  そう言いながらあたしの顔をのぞきこんだ。  …歳の離れた、って…たった7つじゃない!!  そりゃあ、あたしの同級生は?たぶん言うわよ。  7つ年上って、オジサンじゃん。って。  でも、尚斗さんがいくつだろうが…あたしには関係ない。  7つ上でも10こ上でも父さんと同じ歳でも…!! 「嫌じゃないって言ったら、結婚してくれる?」 「ああ、いいよ。俺は若い嫁さんの方がいいから」  って。  尚斗さんは言ったのに!! 「Deep Red旋風アメリカに吹き荒れる」  音楽雑誌の見出しをつぶやきながら、唇を尖らせる。  吹き荒れなくてもいいのよ、そんなところで。  どうして日本にいてくれないわけ?  デートも監視もできないじゃない。  …確かに、許嫁だって意識してるのはあたしだけよ。  尚斗さんは、きっと今ごろ金髪女とイチャイチャしてるかもしれないわよ。  だいたい、なんで渡米なんてするわけ?  尚斗さんがキーボードを担当してるバンド、Deep Redは、日本じゃなくアメリカでデビューした。  そんなわけで、現在の尚斗さんの居住地はニューヨーク。    帰国をおとなしく待っていられるはずがない。  と、いうことで。  あたしは、桜花(おうか)高等部三年生のみに行われてる留学コースの試験を受けて、みごと合格。 「まー、支度できたんか?」 「うん」  まさに、今日。  尚斗さんのいるアメリカに旅立つ。 「向こう行ったら、マノンによろしく言うてくれ」 「会ったらね」  あたし達の両親…  看護婦の母さんは、当時とても忙しい人で。  家の近くの会社で働いてた父さんが、いつもあたしと一緒にいてくれる人だった。  それであたしは…見事なまでに、お父さん子として成長。  あたしが10歳の時、仕事で転勤が決まった父さんにくっついて、引っ越し。  お兄ちゃんは…母さんが一人になるのはかわいそうだから…って。  本当は一緒に来たかったはずなのに、大阪に残った。  だけど。  その三年後、突然… 「愛美(まなみ)、お母さんと(しん)、こっちに来るって。いいかな?」  ほろ酔いな父さんが…嬉しそうに言った。  …えっ?  母さんと…お兄ちゃんが?  あたしは少しだけ困惑した。  10歳で離れて…たった三年ではあっても、ほとんど会った事ない。  電話では話してたけど…そんなに…だし。  て言うか、あたしはてっきり離婚したんだと思ってた。  だって、お盆もお正月も…母さんとお兄ちゃんはこっちに来なかったし、あたし達も大阪に行かなかった。  それはもう…別れたものって思って当然よね。  だけど、両親はあたしの知らない間に中間地点で会ったり、お互いの仕事の合間に連絡を取り合ってたらしくて…  三年間の別居生活は何だったの。  っていうぐらい…二人は自然な夫婦って感じだった。  あたしはと言うと…  まあ…お兄ちゃんは、すぐ慣れた。  そうだったそうだった。って思ったけど…お兄ちゃんは、すごく人懐っこい人。  三日一緒に居て、街を連れて歩いてたら…すっかり兄と妹ってお互い認識できた。  ただ…な~…  母さん…が。  思春期を迎えてたあたしには、苦手だった。  父さんをとられちゃう。みたいな気持ちもあったのかもしれない。  今は、父さんの事、どうぞどうぞ、どうぞよろしく。って思うけど。  ともあれ…  あたし達四人、浅井家は。  それ以降、普通の家族…してきたと思う。  …あたし、頑張ったよね。  うん。 「愛美(まなみ)、尚斗くんによろしくな。」  お父さんが助手席の窓を開けて言った。  そもそも。  あたしと尚斗さんが許嫁になったのは、この心優しい父親の提案。  当時あたしはまだ10歳。  自分で決めた事とは言え、母親と兄と別々に暮し始めて、少なからずとも寂しかったし…落ち込んでた。  そこへ… 「お向いの尚斗くんが、ピアノを教えてくれるって。」  あたしは憧れも手伝って、当時すでにバンド活動で忙しかった尚斗さんに、ピアノを教えてもらい始めた。  尚斗さんは、文句の一つも言わずに、優しくピアノを教えてくれた…けど。  ギタリストの兄を持ちながら、あたしには音楽の才能がないらしい。  チェルニーにあがる頃には、尚斗さんも忙しくなりはじめて。  あたしたちは、だんだん会うことがなくなってきた。  おまけに、尚斗さんはDeep Redが有名になりはじめて。  だけど、大阪にいた頃近所だった「まーくん」こと、朝霧 真音(あさぎり まのん)さんがDeep Redに入って。(世間の狭さを実感した出来事ナンバーワン)  また、よりいっそうあたし達は近付いた…かのように見えたけど。  あたしが思った以上に彼らは人気者になってしまって、ちょっとばかりくじけかけてる所に。 「おまえと尚斗くんは、許嫁同士なんだよ」  島沢のおじさまと父さんが、お酒を飲みながらそう言った。  あたしは、その話をきいた16のあの日から、尚斗さんを許嫁以外の何者とも思っていない。 「生水飲んだらあかんよ」  母さんが、あたしの手を握って言った。 「うん」 「一人で出歩かんように」 「うん」 「寝る時は腹巻を…」 「おかん、もうええって」  まだ言い足りなさそうな母さんの言葉を遮って。 「行くで」  お兄ちゃんがあたしを車に押し込んだ。 「じゃあねー」  動きだした車。  あたしは、尚斗さんに会う時のシチュエーションをいろいろ考えながら、窓の外を眺めていた。
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