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夢と欲望のデザイア2
私と健次が出会ったのは三歳のときだった。もし、具体的な日付が知りたければ彼の引っ越しの記録を見ればわかると思う。彼は父親の都合で府内に引っ越してきた。初めて会ったとき、彼はとても人見知りで、母親の陰に隠れてあまり顔を見せようとはしなかった。
「もうケンちゃん! 恥ずかしがらんと顔見せたら?」
健次のお母さんは隠れる彼を無理やり前に出そうとした。
「ええよ岸田さん、小さい頃は人見知りする子もおるやろ」
母は健次のお母さんに対してそう言うと「なぁ月子?」と私に同意を求めた。
「そうかなぁ? ウチはあんまり気にせぇへんよ?」
「あんた! お母さんがそうゆうたら相づちぐらい打ったらどぉや!」
母は私の頭を軽くポンと叩くと健次のお母さんに頭を下げた。
「ええって! ほんまのことやし! 月子ちゃんも健次のことおかしいと思うやろ?」
母たちは互いに、自分の子供を謙遜の道具にでもしているようだった。幼いながらも母たちの会話の端々に何やら焦臭さを感じた。女同士ならではの不穏な空気……。でも、それに対しては特に何も言わなかった。もし何か言ってしまったら、母にガミガミ文句を言われるだろう。
健次は終始口をきかなかった。泣いたり怒ったりもしなければ、笑ったりもしない。彼はただ純粋で真っ直ぐな瞳で私を見つめるだけだ。母親の影から覗く彼の瞳はとても澄んでいて、私は捕まえられそうになった。そのとき、ふと、ある運命的な予感に囚われた。予感……。というより願望に近いかもしれない。
『ああ、ウチは将来この子のお嫁さんになるんやろな』
そんな淡く、本当に淡く、水に溶けてしまいそうなほどの儚い願い……。強く願ったわけでもないけれど、私は確信めいた何かを感じていた。
私と健次はその日から頻繁に遊ぶようになった。母たちが世間話をしている横で、私たちはいつも一緒だった。
「つきちゃんはおままごとせんの?」
「せーへんよ! ウチは人形よりこれが好きなんや!」
私はそう言うと健次にプラスチック製のおもちゃのマイクを見せた。
「それ? 何なん?」
「マイクっていうんやで! 歌うときに使うんや!」
私はマイクを握ると幼児用の椅子の上に乗った。椅子に立つと健次を見下ろす形になる。
「何するん?」
「決まっとるやろ? 歌うんや!」
それから私は椅子の上で大熱唱した。曲は流行りのアイドルの曲だ。私はテレビの中に入ったような気分で歌った。ステージの上に立ち、スポットライトに照らされ、観客たちの視線を一身に浴びる。そんな気分だ。
最初こそ戸惑っていた健次も次第に私の姿に釘付けになった。彼は目を輝かせ、マイクを握る私を力強い眼差しで見つめていた。小さな椅子は私のファーストステージで、蛍光灯はスポットライト。観客は健次だけだったけれど、とても気持ちがよかった。
一番のサビまで歌い終わると私は健次の方を向いた。
「どや? すごいやろ?」
「せやな」
予想に反して健次の反応は薄かった。
「なんや? 何か文句でもあるん?」
私が不機嫌そうに聞くと健次は「あらへん」と軽く返した。
何が気に入らないのだろう? 健次はあれほど食い入るように見ていたのに、私を褒めるような言葉を何一つ言わなかった。
今思えば、当時の彼はかなりシャイだったのだと思う。恥ずかしくて、素直に褒めたりできなかったのだろう。
でも、その彼のシャイさが私の闘争本能に火をつけてしまった。
『いつか、必ずこの子に認めさせてやる』
決意めいた感情が私の中に満ちていた。
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