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「それでね、今日明日香ちゃんと遊ぶ予定だったんだけどね!」
彼女は言いながら、目の前でタブレットを操作してみせた。ヴァーチャルリアリティシステムなどなど、CGやゲームを取り扱った技術はこの数十年で飛躍的に進歩している。特に凄いと感じるものの一つが、タブレットで操作するだけでリアルな映像を空間に投影し、簡単に画像や動画を立体的に第三者に見せてプレゼンテーションができるようになったことだ。
しかも、空間に投影した映像も一定の質量を持っている。
彼女が表示したのはバーチャル映像だった。美来と一番仲良しであり、向かいの一戸建てに住んでいる幼馴染の明日香が、ヒラヒラと手を振りながら喋っている。
『美来ちゃんやほー!今日遊ぶ予定なんだけどさ、もうちょっと早く来ることできる?あと、ゲームする予定だったけどせっかくこんだけ雪積もってるし、たっくん達も呼んで雪合戦しよーよ!庭すっごいことになってるから、早く来て来てー!』
美来と違って、ポニーテールを結んだ精悍な顔立ちの少女が投影され、セリフを喋った後ぱつんと消える。今やメールも、文字だけで送ることは滅多になくなってしまった。これだけの質量のCG動画を送っても、大して容量を圧迫しないのだから凄い話である。昔なら、簡単に1GBくらいは到達してしまったものだというのに。
「というわけで!お母さん、朝ごはんはよ!はよ!」
「もう、しょうがないわね……あと一時間は待って。お母さん、まだ顔も洗ってないし着替えてもいないんだから。明日香ちゃんにもそう伝えておきなさい」
「うー、わかりましたー」
娘はやや不満げながらも頷くと、そのままタブレットをいじりながら部屋から出て行ってしまった。歩きスマホならぬ歩きタブレットはやめなさい、と言いたいが――まあ今日だけはいいことにしてやろうか、と思う。
出かける予定もないので、今日はセーターにジーパン姿で構わないだろう。茶色の、あちこちほつれた年季の入ったセーターに腕を通しながら、再び窓の外を見つめる。
既に雪は止んでいるが。これだけ積もったあたり、明け方近くまで相当長い時間降っていたのは間違いないだろう。曇った窓の向こうは、駐車場も道路も街灯も、真っ白に積もった雪に埋もれている状態だ。外はさぞかし寒いだろう。転んだらどれほど冷たいし、あれに埋もれたらそれを通り越して痛いほどであるに違いない。
「……嫌い」
娘がいないことをいいことに、私は忌々しく吐き捨てた。
「大嫌いよ……雪なんて」
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