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目覚めたら、白。
けたたましく鳴るアラームで意識が浮上する。この感覚にも随分慣れてしまったな、と私は思った。初めて聞いた時はなんてやかましい音だと、苛立ちまぎれにスイッチに手を伸ばしたというのに。
「う、ん……」
今ではすっかり、アラームを止めるよりも先に、窓へと視線を向けるだけの余裕ができるようになってしまった。ひんやりとした空気が、窓ごしでも伝わってくる。外界の音が、吸われてしまったかのように遠く感じる。
白だ。一面、真っ白に染まった景色がそこにある。
この地方にしてはけして多くはない雪。それも、これほどまでにしっかり積もるのは相当珍しいことのはずだった。
――平日だったら、真っ先に電車の心配してたわね……。
けたたましいアラームを、そこに表示されるメッセージも見ることもなく切り。私は窓の外を見つめて伸びをした。
今日は日曜日。仕事もないし、無理に出かけなければいけない用事もない。単身赴任の夫は今の遠方の地で汗水たらしているかもしれないが、自分の場合は今日一日まったり主婦を満喫できそうだ。まあ、まったりと言っても、溜まりに溜まった洗濯物は片付けなければいけないし、平日あまりできていない掃除も丁寧にしなければいけないけれど。
雪を見た瞬間、考えるのが“電車や災害の心配”であるあたり、自分もいい年になったものだと思う。残念ながら、外で雪遊びができることを喜べる年齢は、とっくの昔に過ぎてしまった。そう、私自身はそんなドライな感情なのだが。
「お母さーん!」
バタバタと階段を駆け下りてくる足音。来たな、と思って私はどうにかベッドから降りる。まだパジャマ姿だが、飛び込んでくるのは勝手知ったる相手だ。取り繕う必要もない。
「お母さんお母さん!外雪だよ雪っ……ってまだパジャマなのー!?」
タブレットを片手にわーわーと騒ぎながら部屋に飛び込んで来たのは、今年八歳になる娘の美来だった。平日はギリギリまで布団から出てこないで人を困らせてばかりのくせに、今日に至っては随分早起きであるらしい。
「もう、お母さんは仕事でクタクタなの。今日はお休みだから遅くてもいいでしょ。……そうね、雪が降ったわね。積もるほどにはならないでしょうって昨日のお天気予報では言ってたのに」
「そうそう、だからびっくりしてる!雪こんなにいっぱい積もったの初めて見る!」
二つに結んだ髪をぴょこぴょこと揺らしながら飛び跳ねる娘。普段はアニメの影響で大人ぶった喋り方ばかりをするくせに、今日は年相応どころか幼稚園の頃まで戻ったような無邪気な反応だ。やはり、珍しい雪が楽しくてならないらしい。子供は風の子、とはよく言ったものだ。
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