隔離された子ども

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隔離された子ども

 ぽつんとベッドと学習用のデスクがある部屋にその子供はいた。  窓もなく、鍵のかけられた鉄の扉があるだけの部屋。  遊び道具などはなく、ただ机には日記と筆記用具だけが置かれているだけで他には何もなかった。  こんな異常な場所に不安を覚えるでもなく、恐れるわけでもなくその子はただ指示に従い大人しく虚空を見つめていた。  灰色の瞳に宿るのは何の感情もない無。  真っ白な空間にあるのは鉄の扉と黒髪の子どものみ。  時々その子供の様子を監視しているカメラが動く音がかすかに鳴るくらいで他に音もしない。  ガチャ  静かな部屋に扉が開く音が響いた。  その音を聞くと子供は、扉の方を見つめた。  ゆっくりと開いた扉から、1人の背の高い黒スーツの男が入っときた。  カツカツと革靴の足音が響く。 男は一つにまとめた黒い髪をなびかせ子どもの元に近づいてくる。 「……黒羽(くろはね)。しばらく会いに来れなくてごめんね。元気にしていたかい?」  その子ども……黒羽に目線を合わせるようにベッドの脇に跪き、その男は優しい笑顔をむけた。  だが黒羽は先ほどと変わらぬ無を宿した瞳のまま、その男を見つめていた。 「カクが忙しいのは理解しています。謝罪の必要はありません。体調については検査の結果、とくに変化なし。問題もないとのことです。」  聞かれたことに淡々と答える黒羽の姿はまるで機会のようだった。  そんな黒羽の様子にカクと呼ばれた男は一瞬、戸惑ったが自分の質問の仕方に問題があったことに気づきため息をついた。 「黒羽、僕の聞き方が間違っていたね。最近なにかしていたかい?誰かとお話したとか、何かお勉強をしたとか。」  質問を変えると、黒羽は少し考えてゆっくり記憶を辿るように話し始めた。 「……レイと少し外の話を。あとフェニも数日前に小麦粉で形成されたクッキーという物を持ってきてくれました。」  レイとフェニ……自分が来れない間にあの二人も黒羽を案じてくれていたのか。  カクのよく知っている白髪の研究バカと自称頼れる姉御肌の二人の名前が出て、ふと表情が緩む。 「……あの二人が君の元に来ていたとはね。どうだったのかな?二人との話は?」  子供の世話が苦手そうな二人がどんな対応をしたのか気になり、カクは黒羽に聞いてみた。  すると、先ほどまで無表情だった黒羽はほん少しだけ眉を歪ませ困ったような顔をした。 「レイの説明はとても下手なので理解するのに時間がかかりましたが、この部屋にはない物があふれていてとても興味深い物でした。フェニが持ってきたクッキーは甘くておいしいと、フェニは言ってました。少し糖分過多の食べ物でしたが、確かに口当たりはよかったです。」  レイもフェニもこの気難しい子どもを相手に手を焼いていたようだ。  彼らなりにいろんな物や話を用意しては、黒羽に難しい顔をされていたのだろう。  想像して思わずカクは笑ってしまった。  そんなカクを見て黒羽は首を傾げた。 「どうかしましたか?」 「いや、その時のレイとフェニを想像したら、面白かっただろうなって……」  カクの言動に黒羽はまた首を傾げた。 「面白い……ですか?」  なるほど、どうやら黒羽の疑問はカクが笑う理由よりも、その感情について分からなかったようだ。 「ああ。黒羽もそのうちに分かる。美味しい物を食べた時や綺麗なものを見た時、そして誰かと楽しさを共有した時は自然と笑みが零れるようになるよ。」 「楽しさ……笑み……」  感情の乏しい黒羽には分からないことのようだ。  理解するために、カクの言葉を一つ一つ整頓するように黒羽は呟いていた。 「……カクの言葉は難しいです。」  眉をゆがませ、残念そうに黒羽はぼそりとそう言った。  感情というものを教えるにはまだ材料が足りな過ぎたようだ。  別の言葉でどう説明するべきかカクが考えていると黒羽はぽそりと呟いた。 「……でも、なんとなくこうやってカクと話をするのは心地良いと感じます。 これが面白いということなのかはわかりませんが……」  この子に接したことのない人から見たら無表情のままにしか見えないが、ほんの少しだけ、本当にわずかな変化だが黒羽がほほ笑んだように見えた。  まだ拙い感情表現だが、感情も分からず無を瞳に宿していたときに比べたらかなりの進歩だ。  こうやってこの子どもに少しづつ人らしい感情が芽生えてくるのがカクにとって何より嬉しいことだった。 「今は分からなくても大丈夫。いずれ理解出来るようになるよ。」  カクは黒羽を頭を優しくなでるとこの部屋を後にした。
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