失敗作

1/1

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

失敗作

 黒羽との会話を終え、カクが部屋から出るとそこには研究室の主である見知った顔がいた。  その人物はカクを見かけると笑顔で手を振りながら近寄ってきた。 「やあ、カク。黒羽くんは元気そうでしょ?」  そう言う白衣の男を見てカクは真っ黒なサングラスをかけながらため息をついた。 「レイ。僕がいない間に黒羽の相手をしてくれたのは助かった……が、会話が下手だと呆れられていたぞ。」  カクの言葉に白衣の男、レイはメガネのブリッジを指で押さえ何やら不服そうな顔をした。 「外の世界を説明するのに、太陽と光の仕組みから話しただけなんだけどそんなに難しかったかなぁ。」 「……それは黒羽じゃなくても理解ができないし、話が続かないだろ」  どうやら、この研究や実験などにしか興味を持たない男はあろうことか子どもに大人でも理解しにくい話を持ち出してきたようだ。  これは普段は無表情な黒羽が珍しく困った表情をするのも仕方ない。  カクは扉の先で大人しく待機しているであろう黒羽のことを考え表情が少しゆるんだ。 「生まれたばかりの時は、どうなる事か心配だったが黒羽も少しづつ人の子らしくなったな。」  そんなカクとは逆に、レイは先ほどまでの柔らかい表情が消え少し俯いた。 「……そうだね。黒羽は第二研究チームが作った『試作品』で……『失敗作』だからね」  レイは辛そうに呟いた。  ―――第二研究チーム  それはレイの補佐のために入った(すい)率いる研究チームだ。  彼らの研究目的はおおすじはレイたちと同じ人々の救済ではある。  ただその実態は人体実験を主とした非道徳的なもの。結果が伴えば形はどうあれ、救済となると言うのが翠たちの考えだった。  そんな翠たち第二チームの研究で生まれ、そして『失敗作』と切り捨てられた子供(ホムンクルス)。  黒羽はそんな被害者だった。 「レイ。君がすべて悪いわけではない。  君が管理してる第一研究チームがやったことではないのだから」  カクの言葉にレイは首を横に振った。 「いや、自分の監視が行き届かなかったせいだ。こんな非道徳的なこと……あってはいけなかった。」  レイはこの会社、アプスの創立当初からの研究チームの責任者だ。  自分のチームはもちろん、研究室内のすべてのチームの管理も本来ならば自分がやらなければと責任を感じていた。 「でも、レイ。君はあの子を生かし、生活できる場所を作っただろ?」  実は『失敗作』として生まれてしまった黒羽は、第二研究チームに内々で処分(・・)されようとしていた。  それを知ったカクやレイはそれを止め、第二研究チームから黒羽を引き離すことができた。 「自分にできたのはその程度のことだっただけさ。自分も最初、黒羽の存在を知った時は意識が生まれる前に消してしまうのが、この子のためだろうと思っていたんだ。」  その時のことを思い出し、レイはそう呟いた。  ……黒羽はただの子供(ホムンクルス)ではない。  翠たちが作りだそうとしたものは、『人を裁くための兵器』だった。  戦闘能力だけを底上げし、感情、触覚、痛覚を鈍らせた対人間用の替えのきく消耗品の兵器。銃や剣、戦闘機などと同じ武器。  人の姿をしているのはそのほうが相手が油断するためだと、黒羽の製作者(おや)である翠は淡々と応えていた。 「普通の人間ではないこの子に自我が芽生えたら、きっと生きているだけで辛い思いをする。誰もがそう思ったさ。……だけど、あの子を……黒羽を人の子として育てる。君がそう言ってくれたから協力できた。」  レイはそう言うといつもの笑顔に戻った。 「だが結果、僕があの子にできたのは名前を与え、少し話をすることぐらいだ。本当の意味で育てているとは言い難い。場所や食事の提供はレイたちの研究チームの協力がなけば成り立たなかった。感謝している。」 「カク、黒羽は普通の生活すらままならないほど繊細なんだ。それは仕方ないよ。それに君が休む暇すらないくらい忙しいのはみんな分かっているさ。そんな中、秘書ちゃんが時間を作って少しでもここに来ているんだろ。それでも十分さ。」  そう言ったレイはふと、その秘書がいないことに気付き周りを見渡した。 「そういえば、いつも一緒の君の秘書ちゃんは今日はいないんだね。珍しい。」  不思議そうに周りを見渡すレイにカクは思い出したかのようにあぁと、呟いた。 「礼奈(れな)のことか。彼女は今日は友人の治療の付き添いに出ている。」 「ああ!あの足の悪かった子か!確か美雪(みゆき)ちゃんだったかな?ようやく歩けるようになりそうとか……自分たちの研究が役に立って良かったよ。」  健康的にスタイルの良い色黒の礼奈に対して、病弱的に細く儚い色白な友人の美雪。  見た目は全く違うが、話が合うらしく時間が合う時はよく一緒にいるのを社内でも見かけていた。  研究の仕事を主にしているレイも美雪の治療をしていた事もあり、2人のことはよく知っていた。 「レイたちの研究のおかげもあって、彼女は昔より前向きになれた。今付き合っている恋人と結婚も考えているそうだ。」  親友の幸せを素直に喜び、話す秘書を思い出してカクは微笑んだ。 「アプスの救済で幸せになれた人が生まれるとは……我々の救済(もくてき)がついに現実に近づいたね。」 「ああ。」  嬉しそうなレイにつられ、カクも頷いた。  そんな話をしていると礼奈からの通信がカクの元に入る音がした。  その音を聞き、レイがニヤリと笑った。 「噂をすれば……ってやつかな?礼奈ちゃんからだろ?なんだって?」  カクが礼奈を特別な感情で大事にしていることに気付いていた。  きっと、彼は彼女の連絡を見て喜んでいるであろうと思ってその顔を覗き見た。  だが、カクの様子が先ほどまでの者と違い表情も硬くなった。 「……緊急事態だ。美雪の容体が急変したそうだ。」  カクの言葉にレイも驚いた。 「急変!?そんな……美雪ちゃんはアプスの研究病棟にいるはずだろ!?」  美雪の治療はレイたち研究チームの管轄である。  それならば、その情報はすぐにでもチームの責任者であるレイの元に来ているはずだ。  だが、カクは首を横に振り苦い表情をしている。 「…………いや、どうやら違うようだ……二人は……」 「ま、まさか!?」  言い淀むカクにレイは嫌な予感がした。  いや、予感というよりこの状況で他に考えられることはなかった。  レイ以外にこのアプスにて研究、治療が許された人物は一人しかいない。  そんな彼が関わっているとなると、ただ病気が悪化したなどという生易しい問題ではない可能性が高い。 「地下の特別研究室……翠が黒羽を生み出したあの場所にいる。」  ―――そして、その予感は的中してしまった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加