標識表示街

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炎の勢いは徐々に治まり、消えていった よし… 待っている間に火傷も完治できた さぁ、ややこしくなる前に早くここから出よう レティは様子を伺いながら、慎重に上の階に上がる 問題の危険な(やから)がうろうろしているかもしれないから、ここはゆっくりと周りを確認する 「うわ…」 これはひどい… 上の階は異様な有り様だった 空間内は肉が焼けた臭いと焼け焦げた臭いが合わさって最低の悪臭が充満(じゅうまん)していた 下には焦げて(すみ)になった魔導師達が至る所に転がっている まさに地獄絵図と言っても過言じゃないほどに このクエストには若い新人達、入りたての子も沢山いた 誰でも関係なく殺してる… 全員殺す気のようだ 「はぁ…」 これはやばいな…ただ事じゃない 早く出よう…ここから でも、慎重にね ペンライトの明かりを消して先に進む 明かりは目立つからダメだ 暗いけど…慣れたら平気になるはず 上へ上へと、来た道を戻る どの階も、焼け死んだ遺体ばかりが転がっている どれも黒焦げだ 死んでる…どこを見ても黒焦げの山 誰かいないのだろうか… 私だけ? もしかして、生き残ってんの私だけなの? いやいやいやいや…… そんな……まさかね… というか… 相手は何人いるのだろう… これだけの人を躊躇(ちゅうちょ)なく殺す奴らだ まず非情な奴らである事は間違いないだろう 生きて帰れるだろうか レティの心に恐怖と不安が(つの)る 「んっ…!」 彼女は進める足を止めた 上から人の声が聞こえる ここまで遺体しか見ていないので 人の声を聞けてホッとしたが 殺人鬼の可能性もある 慎重に伺おう 上にあがる階段前まで前進し そこから聞き耳を立て、ゆっくりと動いて上の様子を見た 視界に入ってきたのは二人を囲む四人の姿 「こいつよく生き残ったわね」 「あはは。まぁ、防御に特化してたんでしょ?たぶん。よかったね、お姉さんに助けてもらって。どうせ殺されるんだけどねぇ」 「ひっ」 姉に抱きつく妹 「なぜこんな事を!」 「別に、あんたらには関係ない」 そう言ってダガーナイフを取り出した それを見て額から汗を流す 「私は!……私はどうなってもいいから!妹は、妹だけは、手を出さないで!」 「そんな!お姉ちゃん!」 「アルマは黙って!」 「しょーがない、わっーたよ。その代わり、絶対抵抗すんなよ」 姉はコクリと頷いた レティはうまい具合にチラチラ様子を伺っている 気配を消した彼女に誰も気づかない あらら… 積んだな…あの子達 しっかし… 上位ランカーが4人もいるとは リリー、ノエル、マリン、アスラ どれも見た顔ばかりだ あいつらが魔導師狩りを しかも…あのアスラって奴は、特待生(とくたいせい)じゃん…エリートが何やってんだよ、まったく 世も末だな 学校の先生が泣くぞ…ホントに… どう考えても勝ち目はない… 私も気づかれれば殺されるだろう 逃げるが勝ちだ ここは物音を立てないようにさっさとこの場を離れるべき 確か違う方からも上がれるはず 一旦戻って別のルートから行こう レティはゆっくりとその場を遠ざかる 「お願い!やめて!お願い!」 女の子の泣いて叫ぶ声が洞窟に響く 関係ない 他人がどうなろうと私には関係ない… 自分が助かればそれでいい 「お姉ちゃんを殺さないで!」 …… 結局一番可愛いのは自分だし ごめんね… 自分の事は自分で何とかする それが世の(ことわり) 「じゃあ、そろそろ死ね」 ズブリと横腹にダガーナイフを突き刺した 「うぐっ…ぐっ」 そして間髪いれずに一気に引き抜く 傷口から鮮血が吹き出した 「あぐ……」 「嫌!お姉ちゃん!嫌ぁあーーーー!!!」 膝をつく姉の側に駆け寄る 傷口に手を当てているが血は全く止まらない 妹はその上からさらに手を重ねて置いた だが、血は止まらない 回復魔法っ…回復魔法! 恐怖で焦りが生まれて、術もうまく発動しない 「お姉ちゃん…いやっ、死んじゃやだぁ!」 「……」 血液が身体から抜けて、どんどん体温が下がっていく 「泣くなよ…お前もすぐに送ってやるから」 その言葉に姉は目を見開いた 「ちょっ、ちょっと…妹には…妹には手を出さないって…」 「んな訳ないじゃん。殺すよ?みーんな殺す。あっ、そうだ!息のねを止めた後、お姉さんと一緒に焼いてあげる!どう?優しいでしょ?あたし」 ニタリと笑う彼女 鬼かこいつ… そして妹の首根っこを掴んで上に持ち上げた 「ひっ…」 「いい顔するねぇ、君ぃ。マジそそるよぉ~」 「や、やめて…妹は…やめて!」 その懇願する姿を見てクスクスと笑っている 後ろに控えている三人も同じように 何て…奴らだ くそ… ダメだ…助けられない 妹も死ぬ…殺される 姉は絶望して血を流しながらその場で放心状態となった こんなイカれたやつらに何を言っても無駄 おまけに出血のせいで体が麻痺して動かない… 手も足も出ない 宙ぶらりんの妹をただただ見ている事しかできなかった 「さてと…じゃあ、殺すか。どこを刺してほしい?ん?顔?首?心臓?それとも…やっぱり腹か?子宮でもぶっ壊す?ねぇ?未使用なんでしょ?ねぇ?」 刃物の先端が腹部に向けられる 「うぅ…ひっく…あぅぅ…」 妹は恐怖で震え、泣きじゃくった だめだ…殺される 強くなれるからって…お姉ちゃんと、みんなと…もっと上にいけるからって…だからここに来たのに…それなのに どうして…?なんで? ……こんなの… こんなのやだ…もうやだよ… 助けて…誰か…誰か助て! うっすらと目を開けると向けられた刃がギラギラと光っていた それを見ると恐怖で押し潰されそうになる 妹はぎゅっと目をつぶった 彼女の瞳に溜まった涙が地面にこぼれ落ちる その時だった ダンッと地面を鳴らして目の前に降り立つ魔導師 レティが上から降ってきた 「…それ以上その子に手を出したら…私は黙っちゃいねぇ!!!おらぁー!!」 そう言って 思いっきりビンタした 「ぶべらぁっ!?」 リリーは数メートル吹き飛び地面に尻餅をついて、ぶたれた頬を押さえる 「い、いったぁ!ちょっと!あんた!それ以上したらって言ったよね?あたし何もしてないじゃない!!何でぶつのよ!!ふざけんな!お父さんにもぶたれた事なっ…」 話している途中で顔面に靴が飛んできた 「ぶっ…」 「ごちゃ、ごちゃ、うるせぇよ」 と言い放ち妹に目を向ける 「立てる?」 小声で彼女だけに聞こえるよう呟いた 「は、はい」 「よし…じゃあ、逃げよ」 その瞬間靴が飛んできた 先程投げ当てた靴だ 妹の方に目を向けたまま、手の中で受け止める 「おい!何コソコソしてる!」 「おっ、返却どーも」 「ムッか…」 ノエル、マリン、アスラの三人は動かず後方で様子を見た 「あれ、誰?」 「リリーちゃん、どえらいのもらってんじゃ~ん。ダさぁ~…」 「……レティだ」 「レティ?こないだ逃がした奴?」 「そう」 「えー…マジで?強いの?」 「……まぁ、見てろ」 レティは座り込んだ姉の元へ歩いた 「おい!あたしを差し置いてよそ見か?お?よそ見か?」 リリーの言葉を無視してすたすた歩く 「おい!無視か?おい!こら!そろそろ反応しろ!おら!泣くぞ?この野郎!」 無視して血を流し座り込む姉の元で膝を付いた 「大丈夫?」 「あ、あり…がとう…ございます…妹を……妹を助けて下さい!お願いします!」 震える手でレティの手を力いっぱい握ってくる その言葉を聞いて軽く微笑むレティ 「あんたも助けるよ…傷口をしっかり押さえててね」 優しく言葉をかけ、きゅっと手を握り返す 「あーあ、マジで怒った。お前から殺すわ……今すぐ死ね!」 ダガーナイフ片手に突っ込んできた そんな事に見向きもせず、レティは姉を肩に担いだ 「おらぁ!」 正面突き それをくるりとかわす 担いでいる方の肩を後ろに下げ、半身の状態で相手と対峙する 「ふざけた野郎だ!せぁ!」 右から下へ斬打撃 バシッと手の甲を払われる 「なっ…おらっ!」 正面手突 バシッ 「くっ…どらぁ!」 斬打撃、斬打撃、正面手突、斬打撃、正面手突、正面手突 斜め、正面、正面、斜め、上方、下方、斜め、斜め、正面、上方、斜め、下方、正面、斜め、上方、下方、斜め、正面、正面、斜め、上方、斜め、下方、斜め、正面 バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシッ 全て片手で撃ち落とし、払いのける 「はぁ…はぁ…はぁ…」 こいつ…こんな負傷者担いだ半身の状態で… 「振りが大きいんだよ、ド三流!」 「う、うるせぇ!ゴミ虫!」 正面手突 ほら、きた カッとなったら何も考えずに、空いてる部分に突っ込んでくる よぉし… それを思いきり払いのけて 空いた所に 引き戻しての裏拳を相手の頬にぶち当てた 「ぶぱあぁっ!」 リリーは数メートル吹き飛ぶ よし、今! 鞄から丸い球体を取り出し地面に投げつける 黒い煙が周囲に舞ってこの場にいる全員の視界を奪った 煙幕… 「…おいノエル、風」 「はいはい」 ノエルは強風で煙幕を吹き飛ばし、視界を確保した しかし、周りを見回してもこの場にいるのは4人だけだった 「ちょっ、どこ行った!あのくそアマ!」 「あららぁ…しくじったねー。リリー」 「はぁ?まだでしょ?私が追うから、みんなは別の生き残りを狩ってよ」 「んー…それはいいけどさぁ、一人で大丈夫?相手も中々の実力者だったけど…」 「確かに」 「ちょっと、ちょっと。私が負けるはずないじゃん」 「それならいいけどねー…ふひひ」 「くっ…(あなど)んなよ!」 「まぁ…負傷した一名と雑魚一名も引っ付いてるから大丈夫か」 「レティ…彼女をこの前取り逃がしたせいで、依頼主に激怒されたんだ。信頼を取り戻す。絶対逃がすなよ、リリー」 「そうそう、頼んだよー」 「へいへい」 「彼女は書類上死んでるの。だから確実に抹殺(まっさつ)して。いい?」 「はいはい、わーってますよーだ」 ノエルとアスラは別の入り口に走って行った リリーとマリンだけがぽつんと残る 「ちょっと、あんた。何してんの?」 マリンは「んー」と何かを考えているようだ 「何か言い忘れてるんだよねぇ」 はぁ 「あっ、思い出した!ちゃんと(むご)たらしく、血まみれの、これ以上ないってくらい痛みつけて殺してね。後で見に行くから」 そんな事か… 「オッケーオッケー。地獄見せてやるから安心しなよ」 「やったぁー!はぁ~…あの子が恐怖に震えて、絶望しながらボロボロにされて死んでいく姿…はぁ~…たまらないんだけどぉ……」 …… 「もういいから…ほら、早く行かないと、二人に追い付けなくなるよ?」 「あっ、ホントだ…ちょっとぉ~、ノエルー!!アスラー!!待ってよ~!!」 慌てて二人の後を追う 殺し屋は一人と三人に別れてそれぞれのターゲットに向け前進を始めた ー洞窟内激走中ー 何やってんだろ私… レティは女の子二人を両肩に担いで逃走していた 「あっ、あのー…」 「ん?」 「助けてくれて…ありがとうございます」 「それはまだ早い…助かってないから」 「え?」 「奴らの狩りは続いてる…気ぃ抜いちゃだめ」 「は、はい」 流石にこの状況はマズイ… 奴らは必ず追ってくる …マジでここで終わる可能性も ドロリと生暖かい物が流れている感覚 姉を担いでいる肩が徐々に湿ってきていた 血? 出血が… 「ねぇ!大丈夫?」 「……」 声をかけるも姉からの返事がない… マズイ… 一旦足を止めて、姉を肩から降ろす まだ息はある よかった… 気絶しているようだ 「ねぇ…ちょっと?」 顔を優しくぺちぺちすると「はっ」と気がつき、意識を取り戻した 「あの…私…」 「お姉ちゃん!もう大丈夫だよ。この人が助けてくれたの!」 「そっか…あの、ありがとうございます…助けてくれて」 「いや、まぁ……でも」 「わかってます…追ってきてますよね……」 彼女は今の私達の置かれた状況を理解しているようだ 「私の事はもう…いいんです…置いて行って下さい…妹だけ…よろしくお願いします…」 「え!?お姉ちゃん!やだ!一緒に帰ろうよ!」 「アルマ…我がまま言わないで!」 姉は凄い剣幕で口を開いた 「ひぅっ」 それにびくつく妹を見て、優しく微笑んだ そして頭を撫でる 「ごめんね…アルマ…あなたは生きて」 「お姉ちゃん…」 「行って下さい…大分休めたので、少しくらいなら抵抗して、時間を稼げます…妹を…よろしくお願いします!」 「……」 この人…本当にいい人じゃん 自分の命を投げ売ってでも、妹の命を守ろうとする なんという気概 私よりいい人かもしれない あっ、それは言いすぎか… ズザザァ… 靴を引きずりスピードを殺す音が響く 「ゴミ虫共、発け~ん」 追い付かれた 「は、早く!早く行って下さい!アルマ!絶対この人から離れないで!いいわね?」 「お姉ちゃん!」 姉は渾身の力を振り絞って立ち上がり そして前に出る 「亟廉搬送(トレースハンド)」 彼女の手に(まぶ)しいほどの光が発生した 召喚(しょうかん)術…上級魔法だ そういえばこの人…あの炎から生き残ってるんだ 彼女の手に光が集中する そして光の中から彼女の体型には全く似つかわしくない大鎌が現れた 「今私の所持している中で、最も攻撃力の高い武器【極龍鬼(きょくりゅうき)(はやぶさ)】。全身全霊を持ってお相手致します」 姉の目の色が変わっている 本気だ 傷口からはひどい出血が見られる このまま戦えば 勝敗はわからないが、出血死 どちらにしろ死んでしまうだろう 「へぇ…あんたやるじゃん。その鎌もかっこいいし。殺した後もらっていこーっと」 相手の言葉には全く動じず 顔色一つ変えない これが人生最後の闘い 絶対負けない!負けてなるものか 勝つのは私だ 「ルルア・フィード…参る」 彼女が歩き出そうと足を上げた瞬間 レティがスッと前に出て、彼女の行く手を(はば)んだ 「あ、あの…」 「ちょっと、ちょっと。いいとこ取りは許さないよ。ルルア」 「えっ…えっと…え?」 「もう少し休憩しててよ。出血が治まってきたら。そしたら、三人でここを出よう?ね?」 呆然(ぼうぜん)と立つルルアにウィンクをした そんなレティの反応に 張り詰めていた緊張が解け、力が抜けたのかストンとその場に座り込んでしまった 妹のアルマが駆け寄る 「お姉ちゃん、動かないで…」 傷口に手を当てて必死に回復魔法をかける妹 姉を助けようと傷口だけを見て全力で魔力を注いでいる 「アルマ…」 ルルアは妹の手の上に自分の手を重ねた 目頭(めがしら)が熱い 妹に気づかれては恥ずかしい… 気づかれまいと 溢れてきた物が零れ落ちないように、上を向いて一人で静かに泣いた 「何?もう代行の登場?」 「まぁね…あんたは?一人?」 「うん、ゴミ虫を片付けるのにそう何人もいらんでしょ?」 一人か…ははっ…やったね 「ホントは友達が少ないんだったりしてー」 人のこと言えないけど… 「うっさいわね!いるわ!殺すわよ」 殺すわよって… 殺しに来たんでしょーが… 「じゃあ、始めるとしますか…」 指をパキポキ鳴らしながら前に歩み寄るレティ 上級者同士の死闘開幕
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