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無我夢中だった。
月の明かりで不気味に浮かび上がる木々。当てもない闇の中。何度も何度も、地面の泥や草の蔓に足をとられながら、僕はただただその世界を駆け抜けていた。
呼吸が乱れる。息苦しい。だけど、そんな事になんか構っていられない。走らないと、先へ進まないと。……だってそうしないと、僕はきっと殺されてしまうから。
――――――
――――
「はぁっ……はぁっ……」
長い時間が経った。
とうとう足に限界がきて、僕はドサッと地面に崩れ落ちる。
「………っ!!」
瞬間、脳天に激痛が駆けて行った。今まで忘れていた、激しい痛み。僕は顔を歪めながら右腕を抑える。
…さっき、ナイフで切り付けられた時の傷だ。走るのに夢中だったから、上手く傷を庇う事が出来なかったみたい。深く刻まれた傷跡から、どろっとした血が溢れ出ている。
痛みを感じたら疲れまで思い出して、体が一気に重くなる。地面に手をつきながら、僕は何回も胸いっぱい酸素を取り込んだ。
…でも、ホッと一息する時間なんか与えられない。耳が良い僕は、その音をしっかり拾っていた。
――――ワァワァと喚く、たくさんの雑音。
――――僕を捕まえようと探す、恐ろしい声。
無数の殺戮者たちの、あの冷ややかな目を思い出して、僕はブルッと身震いする。
あっちは複数。捕まったら、まず逃げられない。このままのんきに休んでいたら、捕まるのも時間の問題だ…。
体中に冷や汗をにじませながら、僕はふらつきながら何とか立ち上がって、また前だけを見て走った。
「どこだ!どこに隠れた!」
「いるのは分かっているんだぞ、出てこい!」
後ろの方から、あの恐ろしい声がどんどん近づいてくる。
どうしようっ、もうすぐそこまで来ているんだ……。早く逃げないと……殺されるっ!
いやだよ、来ないでよ。
誰か………誰か、助けてっ…!!
「っ……!?」
足が何かに引っかかって、ぐらっと景色が傾く。暗がりで分からなかったけど、多分石か何かにつまずいたんだ。しかも、そこは丁度坂道になっていたらしい。思い切り転んだ僕を勢いづけるには十分だった。
グルグルと回転する景色。ゴツゴツした石や砂利が、傷口や体全体に当たって、痛い…。止まることなく転がり落ちた僕は、激しい痛みに飲み込まれて……そのまま気を失った。
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