街はずれの森

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 生い茂る枝の葉をかき分けていると、オルゴンはようやく目当てのものを見つけた。緑色の中で一際目立つ黄色い実。彼は腰に携えていたナイフを使い、傷つけないよう注意しながら実をもぎ取った。  背伸びの姿勢から足を下ろし、状態を確認する。凹凸の無い艶やかな表面。傷や虫食いなどは無く、状態は良好だ。 「あなた」  ふと、女性の呼び声が聞こえる。顔を上げると、妻のシロンが、同じくバケットを腕に通してこちらへ歩いてくる。 「シロン。どうだ?そっちは」  オルゴンは自分のバケットに実を入れながら問いかける。 「えぇ、こんなに」  はいこれ、と見せてくれたバケットをのぞき込む。中には5枚の花弁を持つ桃色の花でいっぱいだった。 「これぐらい摘んでおけばいいかしら?」 「あぁ、十分だ。それにしても、ロゼーナの花は良い香りだな……」  ふわりと漂ってくる、甘い香り。鼻を優しく包まれて、ホッとした気分になる。 「全部薬草として使うにはもったいない…。余った分は、干してお茶にでもしようか」 「まぁ! きっといいお茶が出来るわね」  シロンは両手を合わせて花が咲くように笑う。病気がちだった以前に比べて、とても元気になっている。無邪気で幸せそうな表情に、オルゴンも頬をほころばせた。 「そちらの方は集まった?」 「いや、あんまりだな……」  オルゴンは顔をしかめながら、自分の持っているバケットを見せた。彼女のものとは対照的に、こちらには先程採ったのも含めて3つしか入っていなかった。 「オーラットの実は、元々寒い時期にできる実だからな。今の時期は温かいから、この辺りには出来にくい。そうだな、こうなったら……」  少々顔を顰めながら、オルゴンは背後を振り返った。目線の先は、普段はあまり入らない森の奥。土から木の根っこが浮き出て、角ばった石が転がった足場の悪い道が、ダラダラと続いている。温かく日が照っているこの辺りと違って、背が高い木で空が覆われており、進めば進むほど徐々に陰影を深めている。正直、あまり行く気にはならないが仕方ない。 「シロン。お前は取れた薬草を持って先に帰っていてくれ。俺は森の奥へ行ってみるよ」 「えっ!?」  オルゴンがシロンに告げると、彼女は驚いたように目を見張り、すぐにきゅっと眉を顰めた。 「あ、あなた。それは危ないんじゃ。ただでさえ暗いのに、日が落ちたら真っ暗よ? それに……」  そこまで言うと、シロンは言いづらそうに顔を伏せる。その表情で、オルゴンは彼女の言わんとする事を察した。 「もしかして、まだ『あの噂』を気にしているのか?」 「……」  怯えた瞳を見せるシロン。オルゴンはそんな彼女の恐怖を取り払ってあげるように、声をあげて笑ってみせた。 「あんなものただの噂だ。気にする事はない」 「で、でも……この森って普通じゃないと言うか。何かその、不気味……というよりは不思議な感じがするというか……。せめて、行くのは明日の朝にすることは出来ないの?」 「しかしなぁ」  頭をかきながら、オルゴンは困ったようにバケットに目をやる。  元々シロンは人より心配性な一面がある。が、それを抜きしても、明日出直した方が安全で確実だとは、オルゴン自身も思っていた。しかし明日の早朝には、この薬草を使った薬で、街の人々を治療する必要があった。つまり、その薬を作れるのは今日の夜だけ。 「……やっぱり行ってくるよ。心配するな、すぐに帰るから」 「そう。……分かったわ」  未だ不安げなシロンの表情に後ろ髪を引かれたが仕方がない。 「じゃあ、行ってくるよ」  オルゴンはポンッと彼女の頭を撫でると、深い森の世界へと踏み出したのだった。
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