カウンセラー

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              *  彼が吐き出した言葉は、机の上に落ちてゆく。言葉は鎖のように連なって、絡まって、確かな感情を形づくってゆく。  やがて、彼の言葉が止まった。彼が吐き出したい感情は、ここに全て吐き出されたのだ。けれども、彼にとって不要な感情は、まだ彼に繋がっている。 「少し、失礼しますね」  僕が鋏を握ると、彼は不安そうに視線を揺らめかせた。「儀式のようなものですよ」と、僕はゆるやかに微笑む。刃先を彼に向けないように注意を払いながら、彼に繋がった感情を断ち切った。その途端、青白かった彼の頬に、ほんのりと赤みがさした。僕は静かに息を吐き、目元をゆるめる。 「何だか、憑き物が落ちた気分です。覚悟も決まりました。話、聞いてくださってありがとうございます」  彼は、清々しい顔で立ち上がると、大きく頭を下げて、相談室を出て行った。  感情というものは、往々にして、人の行動を制限してしまう。少なくとも、僕はそう思っている。先程の青年は、日曜日の昼間だというのにきっちりと背広を着こなし、今にも死にそうな顔をして歩いていた。彼の目を見た僕は、半ば無理矢理、彼をここに連れてきた。彼を支配していたのは、自らを貶める感情だった。俺なんて、給料泥棒で、課長の言う通り、死んだ方がいい。――彼は何度も繰り返した。ここでこんもりと山になっているのは、彼が吐き出した感情だ。僕は暗い色をしたそれを拾い集めて、シュレッダーの口に少しずつ入れていく。取っ手をくるくると回すと、感情はその形を失って、細かな欠片となった。昔は鋏で何度も何度も切り刻むしかなかったのに、随分と便利になったものだ。
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