カウンセラー

4/6
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 僕は気付いた。僕の感情を、切り離せばいいのだと。  いい加減に、この土地を離れなければならない。葵は、もう僕が見守っていなくても大丈夫なのだから。十年前と変わらない容姿について誤魔化すのも、そろそろ限界だ。  僕は感情を吐き出していく。葵は、初めからとても優しい子だった。ここに移り住んできてすぐ、僕の存在が正しく『都市伝説』だった頃。「お母さんをたすけて。わたしの寿命はあげます」と駆けこんできたのが葵だった。まだ小学生だったのに、身体に痣を作られながら、心配しているのは、自分よりも母親のこと。葵の母親が、そのまた母親に抱いている複雑な感情をほどいて、切り離してゆけば、やがて、葵の身体の痣はなくなった。それは僕だけの力じゃない。葵の優しさのおかげだ。葵は優しい。周りにいる人を、僕を、穏やかに微笑ませる。中学生のときだって、高校生のときだって、大学生のときだって、今だって、――どうして。  どうして、こんなに切り離したのに、無くならないんだ。  僕の周りにいくつもできあがった、僕の背よりも高く積み重なった感情の山。それを見回して、僕は途方に暮れる。いつの間にか、窓の外が明るくなっている。戸棚の中、写真立ての硝子が光を反射した。茫然とそれを手に取り、床に向かって投げつけた。鋭く砕けた硝子の向こうには、振り袖姿の葵の笑顔。先生、私、ちゃんと大人になったよ。葵の声が甦る。――あぁ僕は、何てことを。硝子の破片に、手を伸ばした。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!