カウンセラー

6/6
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 葵は、僕の大切な人――? 僕の周りに積み重なった感情の山を見回しながら、僕自身に問う。大切な人かもしれない、と僕は答える。だってこれだけ切り離しても、葵への感情は僕の中にある。けれども答えた途端、僕の目から涙が落ちた。 「でも僕は、半分しか人間じゃない」  僕の唇からこぼれた言葉が、感情になる。そのときに初めて、僕は僕を縛っていた本当の感情を知った。  ごめんね、と僕を抱き締める母の腕の隙間、異形を見る父の目は、月のない夜よりも暗かった。  ――お父さんは、お母さんを愛したのではなかったの?  果てのない絶望感。打ちひしがれる僕に懺悔するように、母は僕を愛してくれた。やがて母が自分にも愛を向けられるようになり、僕がふたたび安らかに愛を感じられるようになって間もなく、けれども母は僕を残して行ってしまった。完全な人間である葵は、父と同じ目で僕を見るかもしれない。そうでなくとも、必ず僕を置いていく。  僕は浅く息を吐き、鋏を握る。僕に繋がる感情は、深い淵の澱みよりも、ずっと暗い闇の色。それを、一息に断ち切った。  葵が僕を暗い目で見たなら、僕は今度こそ生きていけないかもしれない。完全な人間でない僕は、葵に不幸をもたらすかもしれない。完全な人間である葵は、僕に悲しみをもたらすかもしれない。――それでも。 「僕は、葵が好きだ」  僕を取り囲む感情の山に手を伸ばす。ここにきらめく愛しさを、僕は失えない。これまで他人の感情を散々整理してきたくせに、今になってようやく、自分の中の一番大切な感情を知った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!