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葵は、僕の大切な人――? 僕の周りに積み重なった感情の山を見回しながら、僕自身に問う。大切な人かもしれない、と僕は答える。だってこれだけ切り離しても、葵への感情は僕の中にある。けれども答えた途端、僕の目から涙が落ちた。
「でも僕は、半分しか人間じゃない」
僕の唇からこぼれた言葉が、感情になる。そのときに初めて、僕は僕を縛っていた本当の感情を知った。
ごめんね、と僕を抱き締める母の腕の隙間、異形を見る父の目は、月のない夜よりも暗かった。
――お父さんは、お母さんを愛したのではなかったの?
果てのない絶望感。打ちひしがれる僕に懺悔するように、母は僕を愛してくれた。やがて母が自分にも愛を向けられるようになり、僕がふたたび安らかに愛を感じられるようになって間もなく、けれども母は僕を残して行ってしまった。完全な人間である葵は、父と同じ目で僕を見るかもしれない。そうでなくとも、必ず僕を置いていく。
僕は浅く息を吐き、鋏を握る。僕に繋がる感情は、深い淵の澱みよりも、ずっと暗い闇の色。それを、一息に断ち切った。
葵が僕を暗い目で見たなら、僕は今度こそ生きていけないかもしれない。完全な人間でない僕は、葵に不幸をもたらすかもしれない。完全な人間である葵は、僕に悲しみをもたらすかもしれない。――それでも。
「僕は、葵が好きだ」
僕を取り囲む感情の山に手を伸ばす。ここにきらめく愛しさを、僕は失えない。これまで他人の感情を散々整理してきたくせに、今になってようやく、自分の中の一番大切な感情を知った。
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