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Episode1.彼氏なし歴27年の理由と奇妙な出会い
私、北川舞(26)は、東京の老舗大和屋デパートにて化粧品メーカーのメイクアップアドバイザーとして働いている。メーカーの行うコンテストなどにも入賞し、後輩からは「舞さんみたいになりたい」と言われている存在でもある。それはそのはず、あるきっかけから私は美に対して人一倍力を入れるようになったのだ。こんな私だが、唯一周りに秘密にしていることがある。男性には不自由なく、イケメンの彼氏がいると勝手に思われているが、生まれてこのかた、恋愛経験がゼロなのだ。
恋愛偏差値の低さには理由がある。馬鹿にされたっていい。それは一人の男子のせいなのだ。
私には、将来を約束した数馬という男がいる。お互いの両親が仲良しで、幼馴染。小さいことから女子の間では何かと目立ってしまう私を、いじめから守ってくれた。あれは忘れもしない、彼が中学生から東京に引っ越しする日のことだった。
「大人になったら必ず迎えに来るから、結婚しようね」と、数馬ははっきりと私に言ってくれた。嬉しくて、それからはどんなに辛いことがあっても、彼の言葉を胸に頑張れた。今ほど携帯電話やネットが普及していなかったため、全く連絡をしてこない彼に疑問を持つこともなく、純粋に彼を信じ続けた。東京の大学に進学した私が、いよいよ再会と意気込んでみたものの、久しぶりに会った数馬は私に「そんなこと言った?今の彼女より痩せて美人になったら考えてもいいよ」と、衝撃の一言を言われる始末だった。
だが、数馬の言葉にも納得する自分がいた。小さい頃は、つぶらな瞳とサラサラの髪を見て天使のようだともてはやされた私も、高校に入った頃には体重60キロのおデブ路線だったのだから。数馬の一言で目が覚めた私は、そこから半年で45キロまで痩せ、美を極めようと大学を中退し、メイクの学校に編入。就職をして自信をつけ、私の中で過去最高に綺麗!と思えた25歳。親から再び聞いた数馬の住所に会いに行くと、彼はすでに子持ちの父になっていたのだ。……私の青春時代は何だったんだ!
腹立たしくも悲しくて、怒りの矛先は数馬を見返したいという気持ちしかなかった。もしかしたら、また振り向いてもらえるかもしれない、そんな淡い期待がなかったといえば、嘘になる。
そこから、私の小さな数馬への反撃が始まったのであるー
しかし問題は、どうしたら「お前を手放さなければよかった」と後悔させられるかということだった。いきつく答えは一つ、彼よりも素敵な超イケメン彼氏を見せること!だった。
私の無茶で少々思い込みのはげしい性格は、小さい頃からだ。超イケメン彼氏の調達は、そこらへんの男では物足りない。どうせなら人気アイドルを彼氏にしてみせる!と思い立ったその日、たまたまテレビに出演していた人気アイドル・Zのリーダー滝田 優樹(24)に私は目を付けた。父の兄でゲイママのリリー(男・51歳)が営む麻布のバー「 S ROOM 」は業界人御用達。昼は撮影などにも使われることもあったはずだ。滝田と仲良くなりたいと話すと、彼が遊びに来る日を教えてくれたリリー。私は当日、仕事を終えた後にアルバイトとして店に立つことになった。
先輩アイドル隼人に連れられ優樹がやってきた。CDは常にランク上位、バラエティやドラマにも出演し、人懐っこいキャラクターと甘い歌声が人気だ。舞がテーブルにオーダーを取りに行くと、隼人はワインを頼んだが、優樹はお酒が飲めないと言うのでジンジャエールにしていた。
「あれ、ママ新人?」
隼人がリリーに問う。
「そうなの〜あたしの可愛い姪っ子〜舞ちゃん〜」
「よろしくお願いします」
始めは、優樹を意識させないように隼人だけ見て挨拶する。
「へぇー美人じゃん。俺の彼女にならない?」
と、軽口を叩く隼人の横で優樹は一つも目もくれない。
「舞ちゃん、こいつ見たことある?Zっていうグループの優樹」
「もちろんです。やっぱりカッコいいですね〜!」とテンション高めに視線を送る。一瞬目が合うものの、すぐにそらされた。テレビで見る天然で可愛い感じと全然違う。普段はこんな感じなのかと、ギャップに驚く。あっという間にジンジャエールを飲みほしている。
「舞ちゃんなんでここの仕事しているの?モデルでも目指しているの?」
「あ、実はね〜この子ね〜幼なじみから大好きだった男に浮気されちゃって。その彼に見返したくて偽装彼氏探しているんだって〜」
「ま、ママ!」
「えーじゃ俺ダメだわ、彼女いるから。怒られるわー、こいつはどう?」優樹に腕組みしながら話す隼人。そして、優樹にワインを飲ませようとする。
お酒が弱い優樹に無理をさせないよう、舞は「あ、私がもらいます〜お酒飲みたい気分」とワインを横取りして飲みほした。
「いやいや俺は無理っす、女苦手なんで。」
「そうなのよ、こいつ実は全然モテないのよ!24年も彼女なし、つまり……」
「先輩!やめてくださいよ!」
「え〜ユウキちゃん可愛い〜ママがもらいたい〜」
「こいつ天然だからさ。外見でモテるけど話が下手ですぐに振られるんだよ。セフレでも作ればいいのにさ、好きになった子じゃないとやだっていって。ピュアなの。」
「先輩!俺、今日はもう帰ります」
勝手に進んでいく会話に舞が黙っていると、優樹が腰をあげようとした。それをリリーが無理やり座らせ言う。
「優樹ちゃん〜舞ちゃんがお初もらってくれるってよ〜その代わりに1ヶ月彼氏になってあげてよ〜」
「やだ、ま、ママ!」
その計画だった。しかし、他人に簡単に言われると恥ずかしくて顔も上げられない。そもそも私も未経験なので、一晩くらい大丈夫!なんてことできる女でもない!
優樹は目を泳がせながら、「いや、それは無理っす」と否定しつつも、帰ろうとはしない。
「まぁあとは若い子達でさ、話しなさいよ」
半個室のような部屋はカーテンで仕切られ、席を立ったリリーと隼人のせいで突如二人きりになってしまった。とりあえず、飲むしかないとシャンパンを注ぎ一口飲んだ。
「なんかすみません。ママの勢いで」
「あ、いいよ。全然」
「テレビでお見かけした雰囲気と違って、なんか素敵ですね」
何とも言えぬ、絶妙な間の伸ばし方と言った適当な言葉をかけてしまった。
「あのさ、聞いてもいい?」
「なんでしょう」
「こんなに綺麗な人に好かれて振るその男ってどんな人なんですか?」
「え……」
どきっとした。テレビではおちゃらけて笑っている姿だけを見ていたのに、こんな真剣な眼差しで、こんなに的確に物事を言ってくる人だったことが意外だった。普通は男性が恥ずかしがるような「綺麗」と疑いなく言ってくることも、心が本当にピュアなんだろうと推察する。それも、お酒が入っていないのに。
余計なことは話さず、簡単に付き合えればいいと思っていた。しかし、優樹のまっすぐな視線に負け、私はすべてを打ち明けた。数馬から小さい時に結婚の約束をされたこと、そして子持ちの父になっていたこと。彼は、私を馬鹿だと決して笑わなかった。
「そうなんだ。同情もするつもりもないけど、いいよ。俺でよければ」
あまりの即答に、あまりに順調にことが過ぎていくことに気持ちが少し追いつかなかった。
「え!じゃ、じゃ是非お願いします!」
「で、何すればいいの?」
「それはですね……」
童貞を卒業し期間限定で彼女がいる体験をしたい彼に、期間限定で彼氏のフリをしてほしい私。好きになった相手じゃないとダメだなんて、結局は口だけなのか。ちょっと疑問を感じながらも連絡先を交換する。
「じゃ、後でマンションの裏口から来て」
「え!?」
「え、そういうことでしょ?」
確かに、身体の体験をしたい彼にとっての目的はそうだろう。だが、私の想像していた彼氏は、カフェで見せびらかす程度でよかったのだ。しかも、バージンだぞ私。幸い相手も未経験だが、うまくいくのだろうか。でも、後戻りはできない。
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ピンポーン
セキリュティをくぐって裏口から入ると、優樹の部屋についた。優樹はTシャツにジャージで出てきた。恋愛感情がないのがもろばれだ。ラフすぎる。
「あ、入っていいよ」
「お邪魔します」
アイドルといえばガラス張りの高級マンションに住んでいるイメージだったが、意外にも普通の20代の男子が住むような1LDKの間取りだった。
「あ、えっと。で、俺はこれからどうすればいいんだっけ」部屋に入ったはいいものの、優樹の行動は落ち着かない。本当に、女性が苦手なんだと思い知る。目を合わせられないくらいに動揺しているではないか。
「あ、はい。来月くらいには、彼をギャフンと言わせたいんです」
と私が言うと、優樹はいきなりこちらを見つめて私の腕を掴んだ。思ったよりも、力強い。
「で、俺は彼氏でいいんだよね?」
「え!イヤイヤ、えっとですね」
あれ、どういうこと!?これはもう始まってしまう!?
「俺ね、毎回色々誘いは受けるんだけどさ、売名行為だとすぐ分かるんだよね。さっきも言ったけど、俺は好きな人としかやりたくないから」
「あ、はい、そうですよね、じゃ何でまた私は」
「今日さ、俺が酒を飲めないの知って、代わりに飲んでくれたでしょ。そんな舞さんを見たら、ちょっといいかもって。その後にあの話をもらって、この機会を逃すのは勿体ないと思ったんだよね。ねぇ、本当に貰ってくれるんだよね?」
「いや、えっと・・・ままま」
「もう無理だよ」
そのまま、優樹は私の唇を重ねてくる。初めてとはとても思えない誘導ぶりに、私の体の緊張もほぐれていく。役者だからそこは経験しているのだろうかと考えながら、夜は過ぎていった。不思議だった。年齢を重ねるだびに男性を知らないという罪悪感を持っていた私は、数馬のためにバージンを取っておいたつもりだったのに。たった一日しか知らない優樹をこんなにも簡単に受け入れてしまったのだった。
一通りのことを終えた後に、ベッドで優樹が言った。
「俺ね、女性を信じてないの。恋とか愛とか。母親が親父置いて出ていったから」
「そうなんだ」
「不思議だね。こんなこと話したの、舞さんが初めてだよ」
隣で眠る優樹に、キュンと愛おしい感覚を得る。驚いた。アイドルだからモテるとか女性には苦労していないとか、色々誤解していたのかもしれない。昨日出会ったばかりの人なのに、どこかときめいてしまう自分がいた。数馬が抱いてくれないなら、もう誰でもいいと思った自分が恥ずかしいくらいだった。
朝目覚めると、恥ずかしさもあってか優樹は淡々と言ってきた。
「で、具体的に俺は何すればいいんだっけ?俺の目的は達成。あとは舞さんのご希望通りに」
「えっとね、この人が私の彼氏ですって見せて振ったことを、とにかく後悔させたいの」
「面白いこと考えるね。でも、それでまた付き合ってくれたら嬉しいの?」
「それは……もう子持ちの父だから、、、不倫になっちゃうよね」
痛いところを突かれた。そうだ。優樹を見せたところで私は何を得るんだろう。仮に数馬が私を良いと言ったところで、不倫しか道がないではないか。
「分かったよ。で?計画は?」
「実は偶然、1ヶ月後に同窓会があるんだけど、数馬も初めて来るらしいの。その時二人で会うように誘い出すつもり。めちゃくちゃ綺麗にして行って、今の彼氏って見せつけて振らなきゃ良かったって思わせたいの」
「ああ、そうなんだ。え、それだけでいいの?」
「お願いします!お願いできる人、他にいないの・・・」
「やっぱり女ってわからないわ。でも分かったよ。やるよ」
「そのためには恋人っぽく怪しまれないように練習するのよ」
「じゃあこっちからもお願いがあるんだ。確かに君は魅力的だよ。でも俺、女が苦手だから1ヶ月以降は付き合うことはないと思うよ」
「分かっている。安心して」
そして、優樹の彼女になるためにはさらに条件が課せられた。私生活が超ストイックのため、彼女の条件にも同じものを求めるのだ。まず週3で彼の家に行き、朝ご飯は必ず和食を一緒に食べること。湿度は常に50%前後に保ち、夜の洗濯物は部屋干ししなければならない。さらに、夜1時間する筋トレの時間は邪魔しないこと、など彼女というより家政婦のような条件。私は少し驚いたが、後に引き下がれないので受け入れることにした。
彼が几帳面、潔癖なのは部屋を見れば、すぐに分かった。加湿器は常に稼働しているのに、部屋ではマスクをしている。アイドルという仕事をただカッコいいものと思っていた自分が恥ずかしくなる。立派なプロの仕事だ。滝田はアイドルになれば女性にモテると思っていたそうだが、事務所からは本物の恋愛は禁止とは言われているようだ。さらに彼女への条件も厳しく未だ恋愛経験は、ゼロ。今は歌とダンスという表現の世界にのめり込んでいき、自分を磨くしかないと思っていたようだ。
「じゃあ、これ鍵ね。絶対に裏から入ってよ」
私と優樹の、彼女(家政婦?)としての1ヶ月が始まろうとしていた。
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