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榊さんはわたしを通して誰かを見てた。
その表情が時々曇るのを知ってた。
榊さんはわたしに頭を下げた。
「璃緒がこの話を聞いたらわたしを殴り飛ばすでしょう。…そうあってほしい、今は。
わたしは自分の罪を購うために舞花さんを利用したんです」
「…榊さん」
「舞花さんを守れなかった。わたしは同じ過ちを繰り返した。わたしには人を幸せにするなどできない人間なんです」
「ちがう、わたしが榊さんに甘えて」
榊さんはいい募ろうとしたわたしを止めた。
「舞花さんは悪くない。あなたはちゃんと失う前に気づいた。それだけでいいんです。わたしはあなたを傷つけた。わたしはあなたに相応しくなかった。…それだけです」
榊さんの後ろ姿は悲しかった。
わたしが言わなきゃいけないことだったのに榊さんに言わせてしまった。
榊さんが出ていった後、
わたしは枕元に寄りかかり眠り続けるお兄ちゃんの手を取った。
この手が幼い頃からわたしを守ってくれた。
妹、ううん、それ以上に。
「…お兄ちゃん、わたしフラれちゃった…」
榊さんに別れを告げられても出なかった。
大切な人を失う時が迫ってるとモニターが教えてる。
赤いマークが点滅しはじめた。
「…お兄ちゃんが…いなくなればわたしはひとりぼっちなんだよ。……お兄ちゃん」
込み上げてくる刻み込まれた死の恐怖に手が震えてくる。
「わたし、本当は知ってたの。お母さんが亡くなる前に教えてくれたから……でも」
怖かったの。誰も真実に触れずにいたから。
だけど、
もう何も怖くない。
お兄ちゃんを失うことに比べれば。
お兄ちゃんの酸素マスクを外して、そっとキスをした。
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