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4.
金曜日の授業が終わった。
集めたプリントを提出し、委員長としての仕事を終えると僕は五組の中をのぞいた。
今日の朝、いつものように笑香を家まで迎えに行くと、出て来た笑香のおばさんにすでに登校したことを告げられた。さわがしくしゃべる女子達の奥で笑香は自席に腰をかけ、ただ頬杖をついていた。午後の日差しが逆光になり、その表情は読み取れない。
笑香らしくない。
僕は思って肩をすくめた。当たり前だ。普段通りに友達と話をしているわけがない。
「笑香」
教室の外から声をかける。
振り返り、笑香は露骨に表情をこわばらせた。のろのろとその場から立ち上がり、重い足取りでそばに来る。
「何なの?」
僕は笑顔で問いに答えた。
「授業、終わったんだろ? 一緒に帰らないか」
「……」
笑香はきつく唇を噛んだ。昨夜は眠れなかったのだろう、充血した目が痛々しい。
何か言おうと、ためらいがちに笑香がその口を開いた。だが、その時。
「柿崎さん、迎えに来たよ」
明るく太い声が響いて、笑香の言葉は散ってしまった。
僕は眉間にしわをよせた。
この不愉快な声は新保だ。
「笑香。何してるの?」
ショートカットの大西美優が、僕達の間に顔を出す。
「あ、やっぱり水嶋君も誘うことにしたんでしょ? ねえ、一緒に映画見に行こうよ。新しくできた駅前のシネコン、すっごくきれいなんだって」
どんぐり眼をくりくり動かし、いたずらっぽく大西は言った。
大西は僕や笑香と同じ中学校の出身で、この高校では僕と同様、一組に席を置いている。親友である笑香とは中一からのつきあいだ。その大西の後ろには、僕より頭一つ分も背の高い新保が照れた様子で立っていた。
腹の底にある不愉快を押しつぶし、僕はおだやかな笑顔を作った。
「ああ。先月開館した映画館か。僕、招待券を持ってるけど」
新保と大西は色めきたって、口々に話しかけて来た。
「ならちょうどいいな。水嶋に頼むか」
「ねえ、やっぱり一緒に行こうよ」
「──悪いんだけど」
ぴたりと言葉を止めた二人に、僕はにっこり笑って言った。
「家にあるんだ。いったん取りにもどらないと……だから、日曜日に改めて遊びに行かないか」
二人の反応は言うまでもなかった。
さっそく計画を立て始める二人に後を任せると、僕は笑香にささやいた。
「後で。また連絡する」
笑香が不安げな表情で僕と二人を見比べる。
僕はかまわず手を振って、笑香に背を向け歩き出した。
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