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「もう少しだけ。最後までなんてしないよ」  僕は優しくささやいた。当然だ。こんなにあっさりすべてを奪ってしまうわけがない。今はまだこの状況をただ楽しんでいるだけだ。  僕は笑香を抱きしめた。想像よりも華奢な体とやわらかい肌が僕を酔わせる。 「もう少し……」  唇を喉にすべらせて、そのきめ細かな感触を楽しむ。笑香は体をのけぞらせ、あえぐように呼吸した。恥辱に耐えるその表情にさらに欲情をそそられる。 「……あ」  どこかあきらめのように聞こえたあえかな笑香のため息に、僕は理性を失いそうになった。  不意にノックの音が響いた。笑香は文字通り飛び上がり、あわてて僕の腕から離れた。床にへたりこむように座ると、きつい口調でドアに言う。 「何?」 「お兄ちゃんいる?」  勇人の声だった。 僕は苦笑して体を起こした。そんな声を出してたずねたら、勇人がびっくりするだろう。 「いるよ。どうしたんだ?」  勇人がおずおずと顔を出す。僕は手元のクッションをもてあそびながら言葉を続けた。 「ポスターだろ。持って来たよ。下のカバンの中にあるから、勝手に出して持って行っていいよ」 「ほんと!?」  約束していたサッカーの日本代表のポスターに、勇人は喜色満面で再び階段を降りて行った。笑香が全身の力を抜いて深々とため息をつく。 「よかった」 「馬鹿だな。階段を上って来る音が聞こえなかったのか?」  僕がそう言うと、笑香は振り返った。殺意さえ感じる激しい視線に、苦笑いしてクッションを置く。 「それじゃ、そろそろ僕は帰るよ。この分だとそのうち君にひっぱたかれそうだ」  ベッドから立ち上がって伸びをする。笑香は黙って、僕のやることを見つめていた。 「それに、これ以上ここにいたら我慢ができなくなりそうだし」  含み笑いをする僕に、笑香はまるで汚いものを見るような目でつぶやいた。 「──最低」  僕は笑った。 「確かにね。自分でもそう思うよ」  それでいい。  君の心を縛れるならば、嫌われるくらいかまわない。 「日曜は十時に待ち合わせだろ? 九時半には迎えに来るよ」  そう言い置いた僕の言葉に、笑香は口もきかなかった。
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